第十二話【 泥沼 】


 俺は柴田くんとの談笑を続けながら、(壁面を電圧で調整してある)正面の田中の姿を一瞥した。帰社してきてから琴乃と話し合っていたようだが、あの浮かれている様子から見ると、彼女との仲は修復できたようであった。
 だが・・・・
「琴乃くんが本命じゃない?」
 正直、勿体無いことだろうとは思う。
 確かにまだ田中は琴乃と身体を重ねておらず、彼女の身体がどんな名器の持ち主かもまだ知らないのであろう。ただそれでなくても、彼女ほどの美少女である。性格だって申し分はない。
 ここ最近、同棲することができた者として、彼女ほどに癒してくれるであろう存在は皆無であったというのに。
 琴乃をずっと手元に残しておきたいと思う一方で、彼女が本当に幸せになれるのであれば、田中との復縁に協力することも厭わないと思う、もう一人の自分が確かに存在していた。
 さて、俺はどうしたものだろうか・・・・?
「それで、課長・・・・聞いています?」
「う、うん・・・・」
 俺は苦笑しつつ、柴田くんからの視線を逸らした。
 さて、何の話であっただろう。
「今夜、帝国ホテルでディナーをご馳走してくれる、って本当なのですか?」
「う、うん。ああ、勿論・・・・」
 表面上では承諾しながら、内心では蒼白せずにはいられなかった。
 な、なんという約束を無意識に交わしていたのだろう。
 己の迂闊さと愚かさには、我ながら情けなくもなる。
 だが・・・・
「・・・・」
「えっ?」
「やっぱり、私の話を聞いてなかったのですね!?」
 柴田くんの頬が小さく膨れる。
「あ・・・・」
 鎌を掛けられていた、のだと、ようやくにして気が付いた。
 まぁ、確かに目の前で振っている話を聞き流されていたとあっては、彼女の御冠も当然のものであろう。
「す、すまん・・・・」
「もう・・・・」
 その表情を見る限りでは、それほど怒っているわけでもなさそうだ。
 呆れていることは確かだろうが・・・・
「お詫びに、その帝国ホテルのディナーはご馳走するよ・・・・」
「え、本当ですか?」
「ああ」
 確かに一食にしては大き過ぎる出費ではあるが、これで彼女の機嫌が直るのであれば、決して高い買い物でもないだろう。また、上手くいけば柴田くんとSEXもあり、また膣内出しすることを容認してくれるかもしれない。
 そんな打算的な考えがあったことも否定できない。
 俺は電話で帝国ホテルの宿泊予約を入れておく。
 幸い、明日は会社の指定休(講学社創立記念日)である。たまには豪勢な部屋で一日を過ごすのも、そう悪い話ではないだろうから。


 帰社してきた社員の数も増え、柴田くんも従来の仕事に戻っていった。それに伴い琴乃が課長室に戻ってくる。
 彼女の目は赤く、表情も曇らせたまま。そんな琴乃の表情を見て、俺は呆然とせずにはいられなかった。
「琴乃くん、何かあったのか!?」
「・・・・」
 だが、琴乃は頭を振って、俺の疑問には答えようとはしない。
 もしかすると、さっきの電話での遣り取りを田中に気付かれたのかもしれない。が、それでは先ほどの田中の様子と一致しない。まぁ、少なくとも琴乃にとって、あまり宜しくはない出来事があったことだけは間違いないことだろう。
「本当に大丈夫かい?」
「課長・・・・」
「ん?」
 ようやく俺の呼びかけに応じてくれたこともあり、少しだけ安堵する気分になる。
「今夜・・・・お暇ですか?」
「んっ・・・・と、今日は・・・・」
 思わず視線を横に泳がす。
 何故だろう。特に彼女には、柴田くんとの約束を・・・・関係している事実を知られたくはなかった。俺と琴乃は上司とアルバイト、一カ月ほど同棲をした仲だとはいえ、正式に交際をしているわけではない。
 故に柴田くんとのことを後ろめたく思う必要はないのだが・・・・
「今夜は・・・・ちょっとな」
「そ、そうですか・・・・」
 曇らせていた表情を更に重くされて、俺は申し訳なく思った。
 だが、以前に天野との約束を優先して、柴田くんからの食事の誘いを断ったのは、その事前に天野との約束が成立していたからである。それだけに今回、先に取り付けた柴田くんとの約束を反故にしてしまっては、彼女に義理を欠くことになるだろう。
「すまんな・・・・」
「それでしたら、またマンションで帰りを待っていても・・・・」
 俺は動揺していたのだろう。琴乃にセキュリティカードのスペアを渡していた、そのことさえも失念していたのだ。カードの再受領が彼女との復縁を意味しているとは限らないが、俺は素直にこの事態を喜んで歓迎してはいる。
 だが、それだけに俺は彼女に告げなければならないのだろう。
「たぶんね・・・・今夜は帰れない、と思う」
「えっ!?」
「それに琴乃くんは明日から、学校だろう?」
「・・・・そ、それは・・・・」
 俯きながらも、拗ねているような視線が向けられてくる。
「うっ・・・・」
 確かにいつでも好きなときに来てもいい、ようなことを口にしたような気がする。が、あくまでも休日になるのは会社だけであって、世間一般は普通の平日でしかない。夏休みも終わって、まさか学校を休ませてまで泊まらせるわけにはいかないだろう。
「それじゃあ、せめて女子寮の近くまで、車で送るから・・・・」
 渋々ではあるが、琴乃もそれで妥協するように納得してくれた。
 そんな彼女の態度に、俺は戸惑いを禁じえないでいる。
 もしここに天野がいれば、『この鈍感野郎っ!』と怒鳴られていたことだろう。催眠によって関係することができた裏事情がなければ、俺とて琴乃の気持ちが俺に動いている、と自惚れて、もう少し上手に接することができたやもしれない。
 俺にとって良くも悪くも、催眠術で関係できたことが仇となり、未だに俺は琴乃から向けられてくる、あからさまな感情を理解することができないでいた。


 結局、俺は柴田くん宛てにメールを送り、帝国ホテルの現地で落ち合うことにし、その一方で琴乃を女子寮の近くまで送っていくことになった。
「・・・・」
 当然のことではあったが、正直、車内の中の空気は非常に重い。一度や二度、当たり障りのない話題を振っては、琴乃と会話を試みたものだが、それでこの重々しい状況から好転するようなことはなかった。
 催眠術の成果ではいえ、同棲生活をすることができた一カ月間の間にも、こんな状態は一切もなかったのだが・・・・
 俺は運転しつつ、横目で琴乃を視界に入れる。
 誰もが認めるであろう、絶世の美少女には似つかわしくもない深刻な表情を浮かべて、ただ俯いているばかりであった。
「ここを右に曲がったところでいいかな?」
「・・・・」
 まさか女子寮の目の前まで送るわけにもいかないだろう。
「お、降りたく・・・・ない」
「へっ?」
「降りたくないです!」
「急にどうしたの、琴乃くん?」
 ここまできて、急に駄々を捏ねる彼女に唖然とする。
「だって・・・・このまま降りたら、課長、柴田さんと会っちゃうじゃないですかぁ!!」
「そ、それは・・・・」
 昨夜の香水の一件もあり、彼女には今日の約束の相手が誰であるのか、薄々に感付いているようであった。
「昨日から、本当に様子がおかしいぞ?」
 俺は口にしながら、確かな違和感を彼女から受け取っていた。
 彼との久しいデートの日でありながら、夜遅くまで俺のマンションで待っていたり、今日の出勤の際には懸命にフェラチオで俺の気分を誘ってみたり、と・・・・およそこの二日間、全く(催眠術にかかる前の琴乃を含む)それまでの彼女らしくはなかった。
「やっぱり、田中と何かあったのか?」
「ひーくんとは・・・・もう、彼とは別れます!」
「わ、別れるって・・・・急にどうしたの!?」
 俺は琴乃の発言に驚かせるばかりである。
 そもそも催眠術下とはいえ、琴乃にとって俺とSEXをしたその目的は、あくまでも田中のためであったはずだった。その想いを利用して、彼女は俺に処女を捧げて、出産限定となる妊娠覚悟の膣内出しまでさせたほどである。
 そんな彼女がここにきて、田中との別れを口にするとは・・・・
「だ、だから課長・・・・もう、柴田さんとは・・・・会わないでよ!」
「なっ・・・・」
 それとこれとは話が別であった。
 琴乃が田中と別れて、俺の恋人ないし愛人となってくれる、というのならともかく、そもそも現在の職場においても柴田くん以上の有能な人材は、外回りを中心に勤務する永沢ぐらい貴重であろう。琴乃も学生アルバイトとして良く働いてくれているとは思うが、それでも事務全般を統括する事務長には代えられない。
 とにかく正直なところ、琴乃には柴田くんとの関係をこれ以上、干渉されたくはなかった。
「と、言われてもなぁ・・・・もう先に約束をしてしまっていたわけだし、会うなと言われも、職場の関係上、全く会わないわけにもいかないだろう?」
「そ、それは・・・・そうですけど・・・・」
 途端に琴乃は泣き出す始末である。
「琴乃くん、別に泣くことはないだろうに?」
「・・・・か、課長の・・・・バカァァ!!」
 琴乃は怒鳴り散らすや、勢いよく助手席から降りるとそのまま駆け出していってしまう。
 さすがにすぐに追いかけるべきか、とも思ったが、柴田くんとの約束の刻限も迫っており、また後方からの車にクラクションを鳴らされ、俺は慌てて車を再発進させていった。

 まさか、琴乃は・・・・俺と柴田くんの関係に嫉妬しているのか?
 でも・・・・ま、まさかな・・・・


「それは琴乃ちゃん、内藤課長のことが好きだから、でしょうね」
 俺のその疑問をいとも簡単に、あっさりと解いてしまったのは、今晩一つのベットを共にすることになった女性であった。
 今回も柴田くんは生挿入による膣内出しをあっさりと容認し・・・・というよりも、彼女自身からそれを求めてきた。その結果、俺は抜かずの三発を彼女の膣内に果てて、彼女もまた、それの倍に値する絶頂を極めた直後のことであった。
「ゴホッ、ゴホッ・・・・」
 煙草に火を点けながら、思わず咽てしまう。
「そ、そんなバカな・・・・」
「あら、課長。以前にも言いましたよね? ああいう一途な娘は、一度抱いたらコロッといっちゃいますよ、と・・・・」
 その会話の遣り取りは俺も覚えてはいた。
 だが、琴乃とのSEXはあくまでも、天野による催眠術によって起こりえた奇跡であろう。だからこそ琴乃は排卵日当日にも関わらず、俺に処女を捧げるうえで膣内出しを・・・・妊娠から出産を果たしていくのだ。
「現に、今日もですね・・・・涙目の琴乃ちゃんから、課長は渡しませんから、って宣言されちゃいましたし・・・・」
「・・・・」
 俺としては唖然とするしかない。
 先ほどは彼氏である田中との別れを口にし、柴田くんには宣言までもしている。しかし、それならば確かに俺と柴田くんとの関係に嫉妬し、天野の指摘した催眠の期限を超えても、琴乃とSEXをできたことにも辻褄が合う。
 俺はようやく催眠術にではなく、純粋に琴乃からの好意に気が付いた。
 ・・・・それとも、これも天野の催眠術による、その延長線上の出来事なのであろうか?
「別に私は、課長の二番目でも一向に構いませんけどね」
「えっ?」
「課長の本命は、愛しの琴乃ちゃんでしょうし・・・・違いますかぁ?」
 俺は思わぬ状況に、まだ完全に思考が追いついていなかった。
 俺は色男でもなければ、決して若くもない。多少の経済力には恵まれてはいるが、決して富豪というわけでもないのである。
 そんな俺が琴乃と柴田くんのような二人を・・・・天秤の二股に掛ける?
 こんな贅沢に過ぎる状況を事前に想像できる者がいるのだとしたら、そいつは余程の夢想家か、天野のように他者の思考を強要できる異能者だけに限定されることだろう。
 だが、もし敢えてそんな夢想が許される、というのなら・・・・
 俺の答えは既に決まっていた。俺なんかに柴田くんという女性でさえ、勿体無いぐらいの素晴らしい女性ではあるが・・・・俺に処女を捧げ、俺の子を孕み、俺の子を出産してくれようとする、俺の知る限りの美少女の誘惑に勝る存在はない。
 その琴乃が俺を望んでくれる、というのなら・・・・



 翌日、俺はまず天野への連絡を優先とした。
 やはり今一度、催眠術について、こいつに詳しく聞いておくべきだろうと判断したのだ。
 が・・・・
《お前さぁ、そんなに自慢したいのぉ?》
「い、いや、そんなつもりは毛頭なく・・・・」
《あのなぁ〜、初音ちゃんに掛けた俺の催眠術は、あくまでもお前との関係の、そのきっかけにしか過ぎんのよぉ》
 如何に他者の意識を誘導する催眠術であっても、時間の経過と共にその効果は次第に薄れていき、期間が過ぎた未来のことは、あくまでもその本人の決めた選択によるものになる、らしい。
《まぁ、上手くやったな。しかも、あんな美少女とか・・・・クソッ!》
「うっ。ただ問題も・・・・」
《ん、今度は何やぁ?》
「他の女性との関係に勘付かれて、拗ねられている・・・・」
 正直、女性の・・・・ましてや十五歳の少女の扱いは苦手であった。
 できれば、天野に上手い方法を教授して貰い、この苦難を乗り越えたかったのだが・・・・
《ブツッ! ツーツーツー》
「なっ、この野郎・・・・通話を切りやがった!」
 俺は文句の一つや二つも口にはしたが、もし逆の立場で同じことを言われたとしたら、同じ行動を起こしていたことであろう。

 フロントウインドから覗ける夕焼けは哀愁を漂わせ、一度車外を見渡せば、帰宅途上のサラリーマンや学生、女学生たちの姿が見える。
 そして恐らくは、彼女も今ごろは・・・・
「・・・・琴乃に電話してみるか?」
 俺は玩んでいた携帯を握りしめ、検索から一人の少女の番号を探し当てる。
「・・・・」
 だが、昨日の今日である。まして今は柴田くんとの逢瀬の帰りであり、そんな状況から電話をかけても、また彼女の機嫌を損なってしまう恐れもあるだろう。
 琴乃が俺なんかに好感を抱いている、というこの事態は歓迎したい。まさに夢にまで見てきていた状況ではあろう。だからそれだけに俺は、慎重にも、臆病にもなった。
 琴乃に嫌われたくはない。
 これが夢なら永遠に覚めないでほしい。
 だが、十五歳の美少女に関心を抱き続けさせてやれるだけの、その自信が、俺には全くと言っていいほどになかった。
 情けない面持ちのまま、俺は携帯を閉じていく。
「まぁ、どの道、明日・・・・職場で会うことだろうしな・・・・」
 そのときは極力、彼女の機嫌を損ねないように気をつけるとしよう。
 こんな奇跡のときが、一日でも長く続くことを祈って・・・・



 だが、運命の神様という奴は残酷であり、こんな消極的な俺の考えを嘲り笑うように、更なる波乱を求めているかのようであった。

 翌日、学校の夏休みが終わって、通常の出勤時間に戻ったばかりの琴乃が出社してきた時刻、俺は既に帰社してきた社員との会議中であり、彼女がタイムカードの打刻を行う、課長室は無人のままであった。
 また彼女が通常の勤務時間に戻ったことに伴い、光学用メモリードライブの録画記録設定を解除し、俺と琴乃のおよそ一カ月に及ぶ課長室での濃密なSEXライブは、自宅に保管させたメモリースティックを除いて、本体の保存記録を抹消させておいた。
 おいそれにパスワードが解除できるとは思えないが、琴乃の催眠術が完全に解けている今、鮮明に再現させられる映像を見られてしまうには、かなり不味い状況に陥ることだろう。

 冬服の制服を纏った琴乃はそのまま俺のデスクまで進むと、メモリードライブのリモコンには目も触れず、その横に置いておいた俺の手帳を手にしていく。
「えっと、柴田さんよりも先に約束しちゃえば、課長は優先してくれるんですよねぇ?」
 と、手帳のスケジュール欄全てに、自分とのデートだけを一杯に埋めていく。しかもきっちりと金曜日と土曜日に限っては、お泊りコースの予約ときたものだ。
 中一日をかけて思案してきたのであろう。が、もし仮にメモリードライブ機能を解除させず、俺がその映像を見ることができていたのなら、恐らく苦笑を禁じえなかったことであろう。
《コンコン!》
 琴乃はノックの音に反応して、慌てるように俺の手帳を所定の位置にまで戻すと、自分のデスクに着席して微笑む。恐らく俺が戻ってきたのだと勘違いしたのであろう。
 だが、琴乃が出社してきた直後、課長室に入室してきたのは、俺ではなく、彼女の彼氏である・・・・少なくとも、昨日までは彼氏という立場にあったはずの田中であった。
「いっ、一体どういうことだよ!」
「ひ、ひーくん!」
「初音!」
 田中の並々ならぬ剣幕と唐突な来訪に、琴乃は気圧されずにはいられなかった。
「あのメール・・・・本気なのか!?」
「・・・・うん」
 俯きながら、思わず彼女は視線を逸らす。
 既に田中との別れは、昨夜のうちにメールでのみ伝え、その後の着信には一切に応じていなかったこともあって、後ろめたさがあったのは事実であろう。
 一方の田中も、別れを告げるメールが一通、突然届いたのみで、その後は着拒されてしまっていたとあっては、治まるものも治まらない様子であった。
「き、急に・・・・何が、俺の何処が気に入らない?」
「・・・・ひーくん・・・・」
「確かに他の女と関係していたのは、俺も悪かったと思うさ。初音が怒るのも当然だとは思う」
「・・・・」
「けど、たったそれだけで・・・・」
「ううん、そんなことじゃないの・・・・」
 琴乃は頭を振った。
 彼氏の浮気は確かにショッキングなことであった。だが、それが彼女に田中との別れを決意させた理由ではなかった。
 田中以上に好きな男性ができた、(正確には、本当の恋を知った)ただそれだけのことである。
「なら、どうして!?」
「・・・・」
 だが、田中にその事実を告げることが琴乃にはできなかった。
 もし言えば、俺の名前を出さなければならず、俺にいらぬ迷惑をかけてしまう恐れがある。特に今は、事務長との兼ね合いもあり、俺の不興だけは避けたい、という彼女であった。
「ひ、ひーくんには、私以外に、本当は好きな人が居るんでしょう?」
「なっ、そ、それは・・・・それはもう手を切ったさ!」
 田中は告げられた内容を認めた上で、切実に事実を告げた。
 不完全なSEXに終わってしまったとはいえ、遂に琴乃と身体を一つに繋げ、その彼女の膣内に極上の名器という存在を知った。それだけに田中は、琴乃から別れを切り出された昨夜、完璧なまでに過去との清算を果たしていたのだった。
 その中には既に田中の子を身籠り、また琴乃と結婚した後にも関係を約束していた女性たちを捨ててまで・・・・そう、これまでの全てをかなぐり捨ててまで、彼は確かに琴乃の身体を欲したのである。
 あくまで、その身体を・・・・だが。
「だ、だから・・・・初音、俺は・・・・」
「い、嫌! は、離して!!」
 琴乃は懸命に抵抗した。
 如何に田中が過去との繋がりを払拭しようと、それはあくまでも彼個人の都合であって、既に彼との決別を決意した琴乃が、それに従わなければならないという道理はない。
 無理強いを迫ってきた田中の手を撥ね付け、その勢いが余って、琴乃は彼の頬を平手打ちにする。
 それが全ての引き金となった。
「そ、そうか・・・・」
 叩かれた頬に手を宛て、田中の表情には次第に怒気が覆っていく。
「それがお前の答えかぁ!!」
 卸したての制服のボタンが千切れ飛び、やや控えめであった胸を支える水色のブラジャーが曝け出される。
「嫌あぁぁ!」
「ふん、貧相な胸のくせに・・・・元々、お前が簡単にヤらせてくれなかったから、俺は他の女に・・・・くそっ!!」
 この場においては初めて、田中は偽りを口にした。
 田中が童貞を捨てたのは中学時代のときのことであり、当時の学生間では『助こまし』の異名をとったほどである。それが琴乃や世間に広く知れ渡らなかった理由には、琴乃は当時、小学生であり、また田中家の御曹司という裕福な財政面が波風を治まらせた結果であった。
 琴乃が中学に進学したとき、田中は一足早く都内の高校へ進学していたこともあって、俺も含め、この事実を知る由もなかったが・・・・また今それを知ったところで、琴乃には何の救いにもならなかっただろう。
「まぁ、力づく、っていうのも嫌いじゃない」
 田中は情理を譲らない琴乃に業を煮やし、ならば力づくで彼女を犯して、過酷な現実を持って彼女を従わせようとした。
 幸い、課長室の壁は両面透視不可の状態である。
 扉を閉め、鍵さえかければ・・・・そこはかつて、俺が想像していたように完全な密室ともなる。田中にしても、十五歳の小娘を手籠めにすることなど、造作もないことであった。
「今度は生で、きっちり膣内出しさせて貰うとするかぁ!」
「嫌! そ、それ以上・・・・ち、近づかないで・・・・」
 広くはない課長室の中で琴乃は懸命に逃れ、手にした物を彼に向けて放り投げる。だが、放物線を描くそれが田中に命中することはない。仮に命中したところで、非力な少女の投げられる物では大したダメージも与えられないことだろう。
「さぁ、初音・・・・俺と気持ち良くなろう」
「ひっ!」

 まさに状況は・・・・最悪であった。


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