第十四話【 煩悩 】


 カーテンの隙間から夜明けを告げる日差しが差し込んできて、軽い微睡の中にいた俺の意識を覚醒させてしまう。秋の残暑が厳しい時期とはいえ、エアコンによって常温が保たれており、室内は暑くもなく、そして寒くもなかった。
「・・・・はぁ・・・・」
 軽く深い息を吐き、灰皿の傍に置いてあった煙草に手を伸ばそうとして、一つのベッドを共用する美少女の肢体に思わず息を呑んだ。
「・・・・」
 これが先月のことであったのなら、俺は先に目を覚ました者の特権として、彼女の身体に性的な悪戯を施したことだろう。まだまだ発展途上であろう胸の脹らみを丹念に玩び、極上の名器である身体の膣内に、欲情の塊を吐き出したものである。
 もっとも、そんな早朝から、こんな美少女の身体を好き勝手にできたのも、彼女の意識が催眠期間中であったからだろう。
 その頃に比べれば、俺も臆病になったものである。
 現に催眠が解けた今となっては、常軌に逸した行動は慎み、せめて彼女に嫌われないように自重せずにはいられなかったのだから。
 だが、三日間もの間も俺の部屋に滞在させておいて、何もできなかったとは、何とも情けない話ではある。
 実際には琴乃のほうも、薄目を開けては誘ってはいたのだが、それに俺が気付くことはなかった。
(でも・・・・)
 ・・・・本当に、琴乃が俺の彼女になったんだよなぁ・・・・?

 こんな四十二歳にもなった冴えない中年と、誰もが見惚れるであろう十五歳の美少女である。そんな美少女に好意を寄せられることなど、それはまさにこの世の奇跡、と言っても過言ではなかった。

 俺は手にした煙草に火を付けることもなく、元の位置に戻すと、ベッドの中から琴乃が俺の腕をとってきた。が、彼女は完全に目を覚ましている様子もなく、そのまま小さな寝音を立てて、俺の腕を抱き締める。
 ううっ、う、腕に柔らかい感触がぁ!!
 これで手が出せない、とあっては、ただの生き地獄でしかない。


 こうして俺の、悶々としたままの朝が終わりを告げ、今日も琴乃とは何の進展も得られないまま、講学社ビルへと出社をしてきたわけであったが・・・・
 さすがに三日も女を断ってしまうと、他の女性社員の姿に目移りしてしまうのは無理からぬことであった。
「はぁ・・・・」
「課長、どうかしましたか?」
 会議を終えて課長室に戻ってきた際、事務長の柴田くんが訪ねてきた。
「深い溜息なんか・・・・」
「い、いやぁ・・・・」
「今日でもう、四回目ですよ?」
 俺は苦笑をする。
 しかし、まさか愛人という立場に甘んじてくれている彼女に、琴乃との私生活を相談することはできない。それはあまりに非常識というか、不謹慎なものであろう。
 しかし・・・・
「琴乃ちゃんと上手くいっていないのですか?」
 まいったなぁ、と俺は頭を掻いた。
 やはり彼女には隠し事が不可能であったらしい。
「ん、と。柴田くんのほうは・・・・今夜辺りはどうだい?」
「えっ、と・・・・」
 書類を整理しつつ、若い事務長は器用に小首を傾げた。
「申し訳ありません。今日は父親の誕生日なんです・・・・」
「そ、そうかぁ・・・・」
 苦笑せずにはいられなかった。
 純粋に柴田くんとの良好な関係を維持し続けていきたい・・・・特に今夜は溜まりに溜まった性欲を、一気に吐き出しておきたい思惑があったのだが・・・・それに上手くいけば、これによって琴乃の嫉妬深さを利用し、停滞しているこの状況が打開できるのでは・・・・という打算的な考えがあったことも否定できない。
 聡い彼女のことである。俺のその打算的な思惑に気付いたことに違いないが、柴田くんは気分を害した様子もなく、俺に向かって微笑みかける。
「その代わり、琴乃ちゃんの件・・・・名案、ありますよ?」
 柴田くんは自分の携帯を操作して俺と写メを取ると、壁の電圧(両面透視化の状態)を確認して、そのまま課長室を退出していった。
「んっ?」
 それから僅かに五秒・・・・俺の携帯が室内に鳴り響いた。
 電話の発信先は、在学中のはずの琴乃からだった。
「もしもし、琴乃くん?」
《か、課長!! ズルイですぅ!!!!》
 へ?
「こ、琴乃くん!?」
《ブツッ!》
 俺は痛む耳を指先で撫で、呑み込めないこの状況に唖然とした。
 ずるい、って何が・・・・?

 そんな俺たちの遣り取りを見届けていた柴田くんが微笑して、携帯のメールを削除する。それは先ほど撮影した写メに『今夜ぁ、課長としようかなぁ〜』という一文が添えられてあっただけなのだが・・・・


 そんな最中、課の部下であった田中の不祥事(未成年者強姦未遂)事件の被害者である琴乃初音を伴って、同じ都内にある本社への出頭が俺に命じられたのは、その日の正午のことであった。
「これは内藤の奴、降格だろうなぁ・・・・」
「あんな部下を持ったばっかりに・・・・」
 講学社ビルに様々な憶測が流れたものだが、それも無理はなかっただろう。支社である講学社ビルこそ(そのトップである支倉本部長ということもあって)社の規律は比較的に緩いものであった。だが、講学社そのものは一流企業であり、報道関連の職務ということもあって、社内のゴシップやスキャンダルには手厳しい一面が確かにある。
「部下の不祥事も、上司が取らざるを得ないからなぁ」
「まして・・・・社内で、だろう!?」
 と、俺に同情するような眼差しが向けられもしたが、当の本人である俺は毅然とどんな処罰でも受け入れるつもりであった。
 そう、田中があんな暴挙を行ってしまった発端となる元凶は他でもない、俺にこそあるのだ・・・・
「課長・・・・申し訳ありません」
「ん?」
「まさか、本社のほうが口出ししてくることになるとは・・・・」
「いや、それこそ柴田くんのせいじゃないだろう?」
 彼女には本部長への便宜を図ってくれた恩義こそあれ、俺に謝罪をする必要性は全くなかった。
「琴乃ちゃんのほうには連絡がつきましたので、駅前で落ち合えるように手配しておきますね」
 昼休みまでに本日の仕事に一区切りをつけ、職場のことは柴田くんに委ねておけば問題はないだろう。
「うん。それじゃあ、後は頼むよ・・・・」


 俺は駅前の群集の中からでも、学生服姿で佇んでいた彼女を目ざとく見つけ出すことは容易なことだった・・・・が、琴乃のほうもすぐに俺の車の存在に気付いた様子だった。
 初めて駅のロータリーで落ち合ったときのことを思えば、たった一カ月程度のことで、よくもまぁ、状況が変わったものだろう。
 だが、彼女が笑顔を見せたのもたったの一瞬のことで、即座に表情は険しくして赤みを増していく。
「で、今晩は・・・・課長、その・・・・柴田さんと?」
「ん、いや・・・・彼女には断られたから・・・・」
 俺の返答に表情を輝かせていく琴乃であったが、後半の返答は明らかに不要なものであった。もしこの場に柴田くんが居れば、俺に肘打ちの一つも与えたことだろう。
「あー、やっぱり誘ったんじゃないですかあぁ!!」
 案の定、琴乃の頬は『ぷー』と膨れ、そっぽを向いてしまう。
 俺は運転に集中しつつ、拗ねる彼女の姿を窺った。規定に適しているとはいえ、短めのスカートである。助手席に乗り込む際にも、見えそうで見えず(非常に残念ではあるが)・・・・早朝に解消することができなかった煩悩が、俺の頭の中で擡(もた)げていた。
 琴乃が俺の彼女になった、とはいえ・・・・白昼からスカートを捲し上げようとすることは、慎むべきだろうなぁ・・・・
 今は特に・・・・か。
(せめて、琴乃の・・・・彼女が容認する許容範囲が解かればなぁ)
 それが解かれば、こんなに悩むことはないのだ。
(そういえば・・・・自宅に睡眠薬や媚薬が保管してあったな)
 以前、琴乃にも用いようと思っていた睡眠薬、そして媚薬(天野の話によると効果は抜群らしい)成分を含んだ存在を思い出した。
 彼女に嫌われたくはないが故に、迫ることもできなくなってしまっていた自分ではあったが、琴乃のほうから求めるように仕向ければ、それは完全な合意の上での性交と言えるだろう。
 催眠術といい、薬物でといい・・・・真っ向から自分の彼女も口説き落とせない自分を情けなく思いつつ、ハルドルを握る手を握りしめて、今夜の一時を心待ちにするのであった。
「課長・・・・ごめんなさい」
 そんな俺の煩悩などを知る由もなく、まだ本社への距離も半端、助手席に座る琴乃が詫びてきた。
「ん?」
「私なんかのせいで・・・・その・・・・」
「そんなことを気にするな」
 俺は思わず苦笑する。
 彼女なりに俺の状況の危うさを察してくれているのだろう。
「俺も少なからず、君と田中の事件に・・・・田中との破局に関わっている・・・・全くの部外者、っていうわけじゃないよ」
 そう、そうだ。
 今回の一連の不祥事。その全ての発端となる元凶は、この俺にある。
 旧友の天野に催眠術を持ちかけられて、俺は学生アルバイトの琴乃を陥れることを目論んだ。俺に処女を捧げさせたばかりか、その後も数週間に渡って、俺は若い未成熟な身体を思う存分に玩んだのである。
 それに伴い琴乃と、それまでに順風な恋仲であったはずの田中との関係に、深い亀裂を生じさせてしまったのだ。
 その結果、田中は強姦未遂で謹慎処分。(名目はあくまでも長期の転勤とされてあるが、講学社ビルに勤務する誰の目にも明白であっただろう)
「でも、また課長に迷惑をかけちゃって・・・・」
 俺への(監督不行き届きによる)処分は、まだ未定ではあるが、琴乃との関係が継続している以上は、例えどんな処罰を受けることになるにしても、それは自業自得というものでしない。
「それで課長に嫌われないか、本当に怖いのに・・・・」
 俺は運転に集中しながら、深い溜息を吐いた。
「以前に言っておいたでしょう?」
「・・・・」
「俺はどんなことがあっても、琴乃くんを嫌いにはなれない・・・・って」
「・・・・」
「例えどんな処罰を受けても・・・・」
 俺は運転をしつつ、横目で彼女の表情を盗み見る。
 そして赤面しつつもはにかむような表情から、俺は彼女の思惑にようやくにして気が付いた。
「ただ・・・・言わせたかった、だけかぁ!」
「ご、ごめんなさいィィ!」
 俺は苦笑しつつも、はにかむ彼女の頭を小突いた。
 ああ、大丈夫だ。
 俺は改めて自分に再確認する。
 例えこの先、何があろうとも・・・・彼女が傍に居てくれるのなら、と・・・・



 講学社の本社ビルには、一大企業の中枢に相応しく、最新の設備と優秀な人材だけによって構成されている。ここには支倉本部長クラスの役職がゴロゴロしており、恐らく無能とも思われる本部長では、末端の一構成員としても勤まらないだろう、と予想された。
 無論、ただの一課長に過ぎない俺なんかが、無闇に立ち入ってもいい部署でもなかっただろう。
 まして、本社の受付嬢に(柴田くん並に美人OLだっただけに、琴乃の視線が少し怖かったが・・・・)出頭要請の書類を渡し、俺たちが案内された場所は・・・・
 しゃ、社長室・・・・!?
 俺はここにきて、まだ状況を楽観視していた自分に愕然とせずにはいられなかった。特に社長である白河愁は、大胆かつ壮大な発想の持ち主ではあったが、同時に社内への規律を厳しく求めている傾向が強く、これまでにも多くの人材が不興を蒙って、解任の憂き目にあったのは講学社に勤める誰もが知るところではあった。
 まさか今回の一件で本社のトップまでが出張ってくることになるとは、まだ心の何処かで、それほどの重大事に発展しているとは思えていなかっただろう。
「白河社長、御二方をお連れしました」
「入り賜え・・・・」
 俺は唖然とさせられながらも、襟を正し、社長室に入室する。そこには四人の人物が俺たちを待っていた。社長と副社長、そして若い男に巨漢の人物であった。
 支社の講学社ビル勤務とはいえ、社長の白河愁、副社長の安藤正樹の顔は解かる。
 また、もう一人の若い男の顔も何処かで・・・・
「では、人払いを」
 と、その若い男が片手一つ翻しながら口にして、彼を残した他の三名が退室を余儀なくされていく。
「な、内藤課長。決して粗相のないように、な!」
 退室間際、社長が俺にそう言い残していったが・・・・
 社長室で、社長たちを退室させる???
(一体、この人物は・・・・!?)
 重厚そうな扉が閉ざされ、俺の背後にいた琴乃が俺と並び立つ。
「ち、父様!?」
「えっ?」
 俺は横に立った彼女を見て、また再び目の前の人物を凝視せずにはいられなかった。この二人が肉親とするのなら、親子と思うよりも兄妹としか思えてならないほどである。
「初めまして。初音の父親で、和馬です」
 その瞬間に、俺は相手の容姿と名前から、その人物を思い出した。
 ・・・・か、神崎、和馬。
 日本の全ての企業を傘下に治める神崎家。その二十七代目の当主、その人物である。かつては西日本で当時、最大勢力を誇った大原財閥と合併した後、完全にそれを併呑。その後は残された東北と北海道に進出していき、たった一代で日本完全掌握という偉業を成し遂げた、一大人物であろう。
 この神崎和馬を前には、確かに講学社が一流企業とはいえ、その一企業のトップに過ぎない社長たちが叩頭するのも納得できよう。
 その神崎和馬が・・・・琴乃の、父親!?
「で、ですが、姓が・・・・」
「ああ、これは失礼を。混乱させないように、敢えて神崎の姓では名乗らなかったのですが・・・・琴乃は母方の姓でしてね」
 そう言って、神崎和馬が苦笑する。
 公式記録では今年で三十一歳になっているはずであるが、まだまだ二十代前半でも通用しそうな容姿である。だが、それ以上に俺には、琴乃の父親であることのほうが、あらゆる意味で驚きであった。


 向かいのソファを薦められ、それとほぼ同時に社長の秘書であろう女性がコーヒーを運んできた。この日本においても最大権力の持ち主を前にして、差し出すカップが『カチャカチャ』と震えて、たどたどしい危なげな手つきではあったが、それも無理はなかっただろう。
 俺と琴乃はその人物の勧めに従って、向かいのソファに腰掛けた。
「父様! 今回の一件、課長には何の責任もありませんからぁ!!」
「ん? ああ、数日前の未遂、って話だな・・・・」
 まるで今思い出したような口ぶりであった。
「さっき、ここの社長から聞かされたよ・・・・まぁ、そのせいで処分が一層厳しいものになってしまったようだが・・・・」
「父様!!」
「あ、勿論、それは内藤さんのことじゃない。別に俺もそれを咎めだてするつもりはないよ」
 娘である琴乃の気迫に圧されたか、のように、神崎さんはテーブルに置かれたコーヒーを口につけて、釘を刺しておく。その様子からでも、琴乃に対して、やや苦手意識があるようにも見受けられたが・・・・しかし『アジアの覇王』とも呼ばれた人物が圧倒される光景なんて、そう滅多に拝められるものではないだろう。
 だが、父親である神崎さんから監督不行き届きを咎めれるのでなければ、何故に俺はここに呼び出されたのであろうか?
「初音、お前・・・・弥生に電話しただろう? もう家には帰らない、と」
「うん。帰りたくない」
「夏休みに一度も帰省せず・・・・どういうことだ?」
 その元凶は俺にある。
 彼女は帰省しなかった、のではなく、帰省できなかったのだから。
「あれ(弥生)もほとほと困っている。何でも聞けば・・・・妊娠したが、出産の許可がなければ、もう二度と帰らないとか・・・・」
「に、妊娠!?」
 思わず彼女の腹部を凝視せずにはいられなかった。
 それは俺が望み、そう仕組んであったことではあったが、突然の妊娠報告である。何よりもそれが、琴乃の父親である神崎さんの口から告げられたということもあって、俺はまさに混乱の極みに達していた。
「父様には関係ないよぉ!!」
 と、琴乃は突然に立ち上がって、社長室を退出していってしまう。
 その退出劇に残された俺はただ唖然とさせられ、頭を掻いて苦笑する神崎さんだった。
「まぁ、嫌われている、とは思っていたけど・・・・」
 やはり年頃の娘ともあって、苦手意識が先行しているようであった。もっとも、俺には人の親としての経験がなく、その神崎さんが抱く心境を完全に理解できようはずもなかったが・・・・
「内藤さん。初音の上司である貴方なら、娘の子供の父親が解かるかな、と思いまして、御足労をお掛けした次第なのですが・・・・」
「・・・・」
「やはり、隣の家の彼・・・・だったかな?」
 テーブルに置かれたコーヒーカップを再び啜りながら、『アジアの覇王』の視線が俺に向けられる。
 俺はこのとき、もっとも強大な相手を正面に迎え、まさに人生の岐路に立たされていたのだろう。ここでもし、俺が迂闊なことを口走れば、俺のような存在など、簡単に抹殺させることも造作もない相手だ。
 それだけに俺は、慎重に言葉を選ばなければならなかった。
「いえ、恐らく・・・・」
 正直、足の震えが止まらなかった。
 しらを切れば、確かにこの場は逃れることができるかもしれない。
 だが・・・・
「わ、私でしょう」
 だが、いや・・・・だからこそ俺は、今後の琴乃のことに関して、これ以上の嘘を並べたくはなかった。たとえ、今の関係が催眠術によって結ばれたものであったとしても、今、琴乃を想うこの気持ちには一切の偽りもないのだから。
「ほぉう、これは参考人としてこの場に招いていたつもりが、まさか張本人だったとは・・・・」
「・・・・」
 決意して名乗り出たものの、背中に冷たいものが流れ落ちるのを抑制できようはずもなかった。
 俺と琴乃との年齢差もある。彼女自身は気にしない、と口にしていたものの、世間体の目からではやはり異例であろう。また学生アルバイトとその職場の上司という間柄。先ほどまで俺を擁護してくれようとしていた琴乃の心情・・・・
 ある程度の、だいたいの予想は難しくはないことだろう。
「内藤さん・・・・」
「はい・・・・」
「貴方にも家族や妻子がいるでしょうに、娘を一夜の慰み者として抱いたとき、貴方の羞恥や自責は何処に向いていたのでしょうか?」
 返答によっては容赦しない、とその瞳が如実に物語っていた。
 事実、相手はその機嫌一つで法律も憲法も変えられるほどの権力を持つ実力者である。俺のような存在など、この世に無かったもの・・・・まさに抹消、抹殺させることなど造作もなかっただろう。
「娘さんを傷物にしてしまったことには、お詫びのしようがありません。ですが、私には結婚歴はありましても、今は独身の身です。しかも彼女が妊娠したことを、私は今、貴方の口から知らされたばかりなのです」
「・・・・」
 俺の弁明を遮ることなく、静かに聞き入っていた。
「これは大変失礼。不倫、もしくは一時的な情事の結果とも思ったものでしたから・・・・」
 途端に神崎和馬の視線が和らぐ。
「まぁ、そもそも俺には、初音の人生をとやかく言う資格がありませんから・・・・」
「そんなことは。琴乃くんの父親ではありませんか」
「と、言えるほどに父親らしいことをしてやれませんでしたから」
 恐らく俺のような一般人には理解できないような、複雑な家庭状況を抱えているのであろう。
 俺もかつてはジャーナリストの端くれであり、当然、神崎和馬については多少の知識があった。妻のほかに公式で愛人を国内外に併せて八名。名家や主だった資産家の令嬢たちで構成される愛妾は、常時で三百人を数えるという。
 琴乃の母親(先ほど神崎さんが口にした弥生という名前)は確か、神崎さんの正妻(正確には後妻)という立場であったと思う。
「とりあえず、琴乃くんを呼び戻してきます」
「よろしくお願いします」
 俺はゆっくりと席を辞して、社長室を一旦退室していく。
 室外では巨漢の男が待機していた。
 恐らく神崎さんの護衛の人物であろう。
「先ほど退出した女の子・・・・琴乃くんといって、彼女はどちらのほうに?」
 この男にとっては主君の娘でもあるのだから、護衛の人物にその所在を尋ねるのには、彼女の説明をするまでもなかったことだろう。
 正直、妙な気分だった。
 自分が冷静なのか、それとも動揺しているのか、自分自身でも解からない。まだ琴乃の父親が、あの神崎和馬だったという事実に実感が保てていないからかもしれない。

「課長・・・・」
 琴乃はエレベーター前にある大広間の窓際に佇んでいた。
「妊娠していたこと・・・・その、黙っていて、その・・・・ごめんなさい・・・・」
「いや、琴乃くんが謝ることじゃないでしょ」
 そもそもこの事態を望み、そのように仕組んだのは俺なのだから。
 十五歳の少女とはいえ、既に生理が訪れていることを確認し、危険日からおよそ一カ月以上の間も、SEXによって膣内出ししたのてある。
 一度とて避妊措置をしていなかったのだから、これで妊娠していなかったことのほうが奇跡というものであっただろう。
「・・・・」
 その琴乃のくびれのある腰。生きていくのに必要な器官が全て揃っているとも思えないそこに、俺は自分の胤を宿させたのである。
「お父さんが待っているよ」
「会いたくない。父様にはずっと会いたかったけど・・・・」
 やはりな、と思った。
 海への旅行のときにも感じたことであったが、大嫌いと言いつつも、あれは寂しさからくる、愛情の裏返しであったのであろう。
「それでも琴乃くんは・・・・いや、だからこそ、もっとお父さんと話し合うべきだと思う」
「課長・・・・」
 途端に琴乃は俺の胸元に押し寄せてきた。
「課長は、反対しない?」
「ん?」
「私なんかが課長の赤ちゃんを産んでも・・・・」
「勿論。琴乃くんが妊娠した、と知って、嬉しかったし・・・・そしてその責任も・・・・取れるものなら取りたい」
 俺は十五歳の少女の身体を優しく抱き締めた。
 そう、まだ彼女は十五歳・・・・法的にもまだ、彼女は結婚ができるだけの年齢にも達していなかった。そのこれからであろう彼女の人生を、俺なんかが左右してよいものだろうか。その自信も資格も俺は持ち合わせていない。
 それでも男としての責任は果たすべきであろう。
「ご両親の承諾を得られたら・・・・本当に琴乃くんが俺なんかでもいいのなら、俺と結婚してほしい」
「課長・・・・本当に私なんかでいいの?」
 俺は苦笑する。
 他人を過大評価するのも、自身の可憐さを自覚していないその性格も、それは彼女の数多くの美点の一つではあるが、同時に数少ない欠点でもあっただろう。


 再び琴乃を伴って入室したこともあって、神崎さんのほうも携帯での通話を終わらせた。恐らくこれまでのおおよその経過を、琴乃の母親に報告をしていたのであろう。
「父様、課長は悪くないの。全部、私が悪いの・・・・」
「まぁいい。話はだいたい内藤さんから伺った。お前自身が望んだことなら、俺には何も言う資格はないさ・・・・」
 ソファに深々と座り、足を組む。
 俺がやっても様にはならないが、そこは習慣と貫禄の差、というものであろう。
「だが、少なくとも弥生には、ちゃんと説明してやれ。あれは心配性だからなぁ」
「父様・・・・」
「内藤さん」
 突如、神崎さんに呼ばれ、姿勢を正す。
「は、はい」
「貴方が娘に責任を取ろうが、愛人にしようが、それは貴方と初音の自由です。だから、一度、その初音の母親に会って貰えませんか?」
「嫌、絶対に反対するから!」
 その誘いに断固拒否の構えを見せたのは、琴乃であった。
 まぁ、確かに常識的に考えても、歓迎されるとは思えないだろう。
 神崎さんも苦笑する。
「その融通の利かない性格は母親譲りだな。血は絶えないなぁ・・・・」
 だが、俺はその神崎さんの誘いを受けてみることにした。
「神崎さん。近いうちに必ず、琴乃くんを伴ってお伺いするように致します」
「か、課長!」
 琴乃は俺に対しても真っ向から反対の意思を示したが、そもそも彼女は未だに十五歳であり、この冬に十六歳の誕生日を迎えても、両親の承諾をなしに結婚することができない。それは即ち、俺が彼女に対して、最低限の責任も果たせない、ということである。
 無論、反対されるであろうことは覚悟の上であった。
 だが、それでも・・・・


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