第三章【螺旋の迷宮】

(1)

 アースティア西部一の交易経済都市モンゴック。このモンゴックの近日における混乱は、まさに目まぐるしいものであった。
 新興組織アレックスの壊滅に、大陸の英雄たる勇者アデュー・ウォルサムの来訪が騒がれてから、四日目・・・・・・
 この日、モンゴックの憲兵隊員の約九割が、辞職を願い出るという、緊急事態が発生した。その総辞職の中には憲兵総監ウェンの辞表も含まれており、組織内の混乱に拍車をかけた。
 各それぞれの隊員の理由は明らかにされていなかったが、彼らに共通していた事は、その前夜に出動命令・・・・・・ロンバルディア討伐に従事していた者たちばかりである。中には、何気ない顔で出仕してきた者もいたが、周囲の態度を知って、その場で退職を願い出る始末であった。
 これだけでも民衆を驚かせるに足りる出来事に違いなかったが、この日の騒乱はそれだけに留まらない。
 憲兵隊の総辞職という背景もあって、モンゴックを統治する市長マードック・・・・・・このアースティア西部の経済界を担う人物で、各国のからの信頼もあつく、少なくない発言権を持っていた実力者が、その全ての権限を、ロンバルディア当主・カリウスに移譲する事を表明。
 先の大戦・・・・・・魔族からの破壊と混乱から、このモンゴックの街の再建に尽力していた実力者だっただけに、その表明に反対した者こそ皆無だったが、その誰もが驚きを禁じえなかった。
 そして、このアースティア西部一の大都市を中心に、表と裏から支配する事になった、カリウスの権勢は、圧倒的な経済力を基盤に揺るぎないものになりつつある。
 既に各諸国の国王が、彼の機嫌を伺う・・・・・・と、いったように。

 また、この混乱の同時期、秘密裏に飛びかう一つの噂が、モンゴックの街を中心に広まった。
 先の大戦にして英雄の一人、アースティア全土から、その可憐な容姿と清らかな性格から、【聖女】として崇められてきた、あのパッフィー・パフリシアが、カリウスの毒牙にかかった・・・・・・という、噂である。その噂の出所も曖昧にして、その信憑性も低かったが・・・・・・
「こ、これは・・・本物なんじゃ・・・・・・」
 エメラルドグリーンのツインテールした可憐な容姿。少女の域を脱さない小柄な身体。本物が愛用していたハードジャケットとアンダーシャツから覗ける、あらわにされた乳房。短めの白いスカートから覗ける細い脚を広げ、薄透明色の物体が割り込む股間から鮮血が滴っている。
 あのパッフィー姫が破瓜された一場面のプリントアウトが、闇のブローカーを飛びかった。この一枚の紙に付けられた評価の価値は、とてつもない速度で値上がった。本物であれ、偽者であれ、その光景に多くの人間が飛びついたのである。
 作為的に荒くプリントアウトされたもので、その誰もがパッフィー姫の本人と断言できなかったものの、また、その作為的な部分こそが、求めている人間の心をくすぐったのも確かだった。


 モンゴックの街を表と裏から支配する事になったカリウスの私邸は、広大な庭園と湖のような池、それらを覆う障壁のような柵に囲まれている。正門は新しい新参者によって込み入り、いつもにも増して厳重な警備体制が敷かれていた。
 その光景はまさに、王国の居城さながらの雰囲気がある。が、既にロンバルディアは一つの国家と見なしても過言ではなかっただろう。
 そもそも国家とは、勢力組織の一つの名称である。極端な話、一人の人間を王と崇め、他の者が集って臣下の礼をとれば、それは既に立派な国家といえよう。ましてや、ロンバルディアには他の諸国を遥かに凌駕する経済力と、人材、軍事力を備えている。
「大袈裟に過ぎる気もしなくはないが・・・・・・」
 窓からでも覗ける厳重な警備体制に、このモンゴックで最大の権勢を確立させた覇者も苦笑を禁じえなかった。
「今、新参者が多数駆けつけていますし、何処に敵が潜んでいるものか、解らない状態ですからね」
「それに今、小さな騒動でも起きる事は、外部に対しても、このロンバルディアに対しても、危険な状態ですから・・・・・・」
 組織内の重鎮の両翼、ガンドルフとファリス、そして、カリウスの弟にして、側近のカルロスが口を揃えて反論した。彼らの不安や懸念は当然であった。
 確かに今、ロンバルディアに加入しようとする人物は後を絶たない。前日までこの街の憲兵を勤めていた者も少なからずいたが、それ以上に、ロンバルディアの宣伝効果(パッフィー・パフリシアの陵辱)が効を奏した結果であっただろう。
 それによって如何に組織が強大になり、事実上のモンゴックを支配下に置いたカリウスとはいえ、まだ敵が全くいなくなったという訳ではない。このモンゴック内にも、他国にも・・・・・・この若き覇者の存在を嫉む者や、殺意を抱く者が続出している事も、また事実である。
 そして今、何事でも起これば、新参者を中心に動揺の波紋は広がり、それは今後、ロンバルディアの目的としては喜ばしくない事態である。
 何よりも・・・・・・彼らが最も恐れている不安は、この私邸の内にある。現在は捕らわれの身となり、全ての武器を取り上げ、厳重な地下牢に閉じ込めてはいる・・・・・・が、ひとたび解き放たれれば、最も厄介な連中であろう。
 彼らこそ大陸の英雄である、勇者一行なのだから・・・・・
 もはや彼らと和解する道は、この先永遠に有り得ないだろう。当然だ。何故なら・・・・・・ロンバルディアは、昨夜、彼らにとって最も大切であった仲間、パッフィー・パフリシアを、その眼前で犯したのだから。
 ・・・まるで見せ付けるようにして・・・・・・
「殺してしまえば、一掃楽なのですがね」
 ガンドルフの視線がカルロスを伺う。
 そのガンドルフが提案した事は、カリウスも一度ならず思い至ってはいる。総力戦の末に捕囚に成功したとはいえ、厄介な連中である事には変わりないのだ。だが、その弟のカルロスが、その提案を退けたのだ。
 別に勇者たちに温情をかけたとか、兄が彼女を犯した事への罪滅ぼしという訳ではない。
 先の大戦の英雄たる勇者一行を捕らえ、その紅一点だった【聖女】パッフィー・パフリシアをレイプした事によって、確かにロンバルディアの名声と評判はアースティア全土に轟かす事だろう。だが、それは兄、カリウスにとって、あくまで通過点でしかない。
「パッフィー姫を生かす為に、彼らは生かしておくべきです」
 兄の最終的な目的を唯一に知る、カルロスだからこそ、彼は勇者一行の危険なリスクを承知で、敢えて助命を求めたのだった。
「やはり、カルロス様は反対のようですね・・・・・・まぁ、仮にも彼らは、この大陸の英雄ですからね」
 重鎮とはいえまだ二十歳の青年でしかない、ファリスの言い分も、勇者一行を助命した理由の一つではある。
 勇者アデュー・ウォルサムに限らず、彼らは先年、このアースティアの世界を救った、大陸の英雄なのである。その彼らを処刑した、となれば、【聖女】パッフィー・パフリシアを犯した事で折角、ロンバルディアの評判が上がった以上に、多くの民衆や他国の諸侯に、悪名と害意を抱かせてしまう事だろう。
「だが、監禁は厳にな・・・頼むぞ!!」

 建物の中央にある広大な扉を前に、左右で警戒している部下に一礼し、扉の前で控えた。
「カリウス様、それでは、我らはここで失礼致します」
 この扉から先は、カリウス・パフリシアの血を引く一族以外の立ち入りを許されておらず、たとえガンドルフやファリスがカリウスの後に続こうにも、空気のような透明の壁に遮られてしまうだけだ。そう、パッフィー姫を犯した時に仕掛けられた同様の結界が、この扉を境に施されているのだ。
 故に、この扉を行き来できるのは、現在、三名だけに限定される。
 先ほどまで、彼らだけではなく、主だった幹部を集めて、急激に肥大化した組織の運営・管理・方針などを様々な討議が繰り広げられ、本日のカリウスは特に多忙であった。
 それも肥大化した組織だけではなく、本日から、表からも得られてくる収益・問題・人事など・・・・・・その大半の苦労は、カルロスやマードックが代行して激減されているものの、さすがに重要な決定事項や、各部署の直通達にはカリウス本人でなくならない。兄には専念させたい最優先事項があるが、今、こちらの方をぬかると、取り返しのつかない失態を招く恐れさえあった。
 その討議の最中、一人の側近がカルロスに耳打ちにした。
 (監視していた少女が目を覚ました、と・・・・・・)
 カルロスは思考を開いて、兄に側近の報告を伝え、会議は一旦、カリウスの一方的な都合によって打ち切られた。


 あの陰惨な一夜から、ようやく、パッフィーは意識を取り戻した。荒々しい息が収まらず、額から玉のような汗が滴り落ちる。
 (・・・ゆ、夢・・・・・・?)
 窓を一瞥して、夕日が目に入った。意識を失っている間に視神経を回復し、視力を取り戻した彼女が久しぶりに見る光景だった。
 ビッショリ、とした額の汗を拭って、起き上がろうとした瞬間、彼女の身体の全身に激痛が走り、下腹部の股間に鈍痛の余韻が走った。
 見慣れない室内を見渡し、全身の激痛と下腹部の鈍痛が、彼女に現実を物語っているようだった。彼女にとっては、地獄の悪夢でしかない、陰惨な現実が・・・・・・
 開かれた薄蒼色の瞳から、次第に涙がこぼれ・・・・・・片手を口元に当てては、啜り泣きが室内を満たした。

 ・・・悪夢のような出来事だった。

 前夜、パッフィーの記憶している限り、三回は犯された。身体と視神経の自由を奪われた彼女は、仲間たちの前で破瓜され、いずれも膣内出しという駄目押しを繰り返された。
 排卵期を迎えよう、もっとも危険だったその日に・・・・・・
 その前日まで、彼女はまさに幸せの絶頂にあった。市長に招待された豪邸で歓待され、その日にアデューから渡された、小さな箱。その中に収められていた想い。過日、差し出す際に無言だった彼が、改めて告白、もしくは、結婚を申し込んでくれる事を夢見て・・・・・・
 それだけに、昨夜の出来事は、彼女にとって地獄そのものだった。
 (きっと・・・アデューたちにとっても・・・・・・)
「ア、アデューは・・・みんなは?」
 見慣れない室内を見渡す。パッフィーは、この部屋に連れ込まれてからも犯されているが、視神経を失っていた彼女が、この部屋の違和感に気付いたのは、暫くしてからの事であった。
 窓は大小合わせて幾つかあるが、この部屋の出入り口がないのだ。どういう仕組みかは定かではなかったが、完全に監禁された身である事は明らかであった。
 (みんなは無事なのだろうか?)
 不吉な予感が脳裏を掠めた時、室内が変化した。
 正確に言えば、部屋の出入り口が突然、現れたのだ。

 そして、そこから現れた男は・・・・・・


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