第三章【螺旋の迷宮】
(5)
「一体、なんだったんだ?」
頑丈に建てられた地下牢には何ら変わったところはなかったが、それでもあの縦揺れの衝撃はただの災害とは思えなかった。そして、あの凄まじい衝撃の後、それから少しの間を置いて、次第に激しい喧騒が地下室にも響き出してきた。
「襲撃されているようだな!?」
イズミの指摘したそれは間違いないだろう。騒がしい状況と喧騒は尚も強まり続ける一方で、彼らが地下牢内で見せ続けられた、パッフィーのレイプシーンの音量も掻き消されつつある。
そこに打ち叩かれたような、金属と金属の響く。
(剣と・・・剣が打ち合う・・・音・・・)
次いで地下牢入り口方面に侵入者が現れ、どうやら斬撃の応酬を繰り広げているらしい。黒い外套を靡かせ、また一人・・・また一人の警備兵を屠っていく。その斬撃は苛烈で、侵入者の技量が圧倒的である事を物語っていた。
また一人の警備兵を突き倒しながら地下牢に乱入し、背後にまわった男を返す剣で祓う。瀕死寸前の警備兵の腰に除けた鍵束を奪い取り、一つ目の格子が開錠される。
(どうやら、こちらを救出してくれる腹積もりらしいが・・・)
「だ、誰だ・・・もしかして、市長の手のものか?」
アデュー、サルトビが一掃警戒の色を強める。だが・・・
「フン、今のお前の姿を見て・・・」
二つ目の鉄格子が開錠され、ようやく正体不明の人物は、黒いフードをとって表情を窺わせた。鮮やかな桜色の長い髪に、小麦色の褐色な肌。
その容姿は彼らにも見覚えがあった。
「不甲斐ない弟子の情けない姿に、ギルツ様もさぞ落胆されるだろう」
それはアデューにとって旧知の仲であり、また同時に、一人の人間に従事していた経緯もある、共通者でもある。
彼女の名前はマルトー。しかも魔族である。
「マ、マルトー! なんでお前がここに!」
「ギルツ様の事もそうだが・・・お前には借りがあったからな」
それは恐らく、アースブレイドの頂上での決闘を指しているのだろう。あの大いなる剣が突き立つアースブレイドの頂で対決し、戦いに敗れたマルトーは、その勝者のアデューに助命された経緯があった。
もっとも彼女の素っ気無い態度も、今も尚、ギルツを敬愛している姿勢も、この一年でも変わっていないようだが・・・・・・
ギルツとアデュー・・・かつて先の大戦で激突した、師弟である。
覇王への覇道を突き進もうするギルツと、それに従事しながら、騎士として生きる道を模索していたアデューは、当然の如く袂を分かつ。当時のアデューには知る由もなかったが、それがギルツの記した、父のラーサーに代わって、叔父が甥に記した道標だったのだ。
戦後、かつてギルツと剣を交え、現在は名将としても名高いスワンは多くの人に、覇王の生き様を語った。
「ギルツは演じていたのだ・・・悪を・・・」
ギルツは己の覇道を前に立ち憚る少年の姿を夢見て、アデューに勇者としての・・・騎士としての道を強要した。その最期に至るまで、敵対者として、厳しい指導者として振舞った。
神は我らに剣を与えたではないか・・・と。
そのギルツのアデューに対する姿勢に、絶対の主君として仰いでいたマルトーにとって、羨ましくも、また嫉ましくもあった。その彼女もアースブイレドの頂上でアデューと対決し、ギルツの理想とアデューの騎士道を前に、敗れた。
そして、そのギルツも・・・
魔王ウォームガルデス復活によって、一度は魔王を討伐したものの、それは覇王が魔王と融合する前触れに過ぎなかった。その肉体を奪われるその最中、彼の思いは・・・
勇者ラーサーとの出会い。彼と妹メルとの婚礼。二人の間に儲けられた男児・・・ラーサーとメル、二人の最期を見届け、力だけが全てと、堕落した道を突き進んだ中、彼は出会ったのだ。親友と妹の一粒種を。
その時から用意していた結末を、勇者一行・・・アデューの心に届け、覇王の終焉を迎え入れた。
「俺のクナイだ、ありがてぇ!」
マルトーの手からそれぞれの手に、奪われていた武器が戻った。
「すぐにでも離脱するぞ!」
彼女の提案は当然のものであった。如何に彼女が武勇に優れ、アデューたちにも戦う力が戻っても、寡兵に無勢な状況は変わる事はない。だが、彼らは彼女の提案を拒絶した。
「待ってくれ、まだパッフィーが・・・」
地下牢に際限なく、流され続けている、レイプシーン。アデューたちが多く語るまでもなく、マルトーもある程度は理解していた。
だが、時間がないのも確かだった。少なくない足音、あの最新型ソリッドと思われる機動音が地下室に向けられてくる。
マルトーは舌打ち一つする事なく、地下牢入口から出るや否や、即座に彼女の搭乗機ドューム・ダークローズに乗り込む。
ドュームとは、魔族が駆るリューといって過言はないだろう。その代表的なものに、圧倒的な戦闘力を誇ったダークドューム(先の大戦では、覇王ギルツが搭乗した機体)が挙げられるが、それ以外のドュームに至っても、性能的にリューと比較しても勝るとも劣らないだろう。
「ならば、私が目立つよう、なるべく雑魚を引き付ける」
マルトーは自ら陽動をかってでようという事もあり、斬撃を惜しみなく繰り広げる事で、警備兵の目を引き付けようとした。
「すまねぇ!」
その隙にサルトビたちは広大な庭園を駆け抜けていく。駆けつけてくれた彼女を囮にするのは、さすがの彼も気が引けたが・・・問答している暇はない。また三人にはやらなければならない・・・パッフィーを探し出して、あの男の手から救出しなければならない。
「ほぉう、魔族ですか・・・」
外見からでは(第三の額の瞳を閉じれば)普通の人間と、全く変わらない女性であったが、その男は一目見ただけで、彼女の正体を見破った。
勇者一行に魔族の残党。意外な組み合わせではあるが・・・
「さて、どうしたものかな」
脱走した勇者一行を追うべきか、陽動だと解っていても、この魔族の相手をするべきか。僅かな間で逡巡したカルロスは、即座に決断した。
地下牢から脱した勇者一行が、駆けつけた魔族を陽動にしてまで目指す目的は明白である。だが、勇者一行が彼女の・・・カリウスとパッフィーのいる部屋に到達する事は絶対にない。可能性が皆無である以上、カルロスの取るべき行動は一つだった。
そしてその手には、彼の搭乗機が眠る長槍が握られていた。
マルトーの陽動のおかけで、ほとんどの警備兵が脱走しているアデューたちに気付かなかった。また庭園の広大さも、この場合、少なからず良い方に影響していてくれた。
「・・・パッフィーは・・・何処だ・・・」
久しぶりの朝日に眉を顰めながら、自分たちが今まで、広大な庭園の地下に監禁されていた事を知る。またこの広大な庭園の広さから、パッフィーを見つけ出す事さえも至難の業に思われたが、それでも三人の瞳に諦めるような色は見出せなかった。
庭園の中を駆け抜けながら、見渡したいくつかの建物の中から、アデューは叫んだ。
「あの・・・中央の建物だ!」
特に確信して断言したわけでない。ただ庭園の中心にある立地的な条件と、この状況下で、いくつかの建物の中でも、特に厳重に警戒している現実が、彼を突き動かした。
正面入口に、六体の最新鋭機ギザーが近接装備仕様で構えている。
「いくぜ、アデュー!!」
アデューとサルトビは駆けながら、それぞれのリューを召還する。久しく召還されたトルコロールの機体と、黒とグレーを基調とした機体が久しい自由を得たように咆哮する。
「ゆ、勇者、一行!!」
警備兵は地下牢に幽閉されているはずの、その彼らの機体を目の当たりにして、愕然とせずにはいられなかった。そして、先の地下牢付近の衝撃と結びつけ、それが勇者一行の脱走の仕業と一連付けた。
だが、迎撃の命を下す前に、リューニンジャから放たれた十字手裏剣によって薙ぎ払われる。そして・・・
「秘術! 轟乱舞斬(パイルエクゼクター)!!!」
「秘剣! 飛翔斬り(クラッシュドーン)!!!」
瞬く間にその場にあるソリッドが大破された。如何にソリッドの性能が飛躍的に向上し、その最新鋭機ギザーであっても、意表を衝かれた不利と、その戦闘力は搭乗者の戦闘力によって左右される・・・特に先の大戦を終戦に導いた英雄たちのリューに及ぶべくはずもなかった。
中距離、遠距離仕様の装備に換装したギザーの砲弾を、白い羽を持つ彼女の・・・魔族のドューム、ダークローズは優雅に旋回するような動きで回避した。
「見事な動きだな」
部下の不甲斐なさの不満もあったが、それ以上に、攻守を切り替える鮮やかな斬撃、陽動のためにも機体を優雅に飛翔させる旋回能力に対し、惜しみない称賛を送った。
「だが・・・いでよ、リューロード・スターライト!!!」
大地に突き立てられた白銀の長槍クーゼから、漆黒の重鎧と漆黒のマントによって身を護られたリューが出現する。
「!!」
突如、現れた機体にマルトーの視線が奪われた。明らかに統一されていたソリッドとは異なる外装、その機体から放たれる威圧感に、彼女は戦慄を憶えずにはいられなかった。
ダークローズに向けられたソリッドの無数な砲弾を潜り抜けて、彼女は新たに出現したリューに肉薄し、長剣を閃かせた。
その斬撃を白銀の槍で弾き返し、すかさず刀身とクーゼが再び激突する。
「「こ、こいつ・・・」」
カルロスとマルトーが同時に唸った。
マルトーは一年前、アースブレイドの頂上でアデューに敗れた時以来の壁を感じていたし、かつてはパフリシア王国に仕えていた歴戦のカルロスでも、これほどの使い手の魔族と交えるのは数える程度だった。
長剣と長槍による暴雨のような叩き合い、より優位な体勢を確保しようと機体を廻らせ、砲口を構えるソリッド・ギザー隊は、その激しい応酬をただ見守る事だけで、迂闊に援護さえできない状況であった。
「ならば・・・」
実力は拮抗している。マルトーは跳躍したまま、滑空する。飛翔能力のないロードには追撃する術はなく、カルロスは即座に魔法を組み上げる。
「くっ、ライダース!!」
「我が必殺の剣!!! (ブラッティーローズ)」
だが、その雷撃がドュームに到達するそれよりも、彼女の長剣から放たれた真紅の閃光の方が僅かに速かった。
「・・・ちっ、仕留めそこなったか」
「くっ!」
その女魔族自ら、必殺の剣と語ったように、カルロスのリューロードに与えられたダメージは決して軽いものではなかった。弾かれた機体の体勢を立て直して、カルロスは認めずにはいられなかった。
そして同時に、この機体の真の力を発揮させる事にも・・・
「リューエンペラー・スターライトロード!」
手にしている長槍を旋風のように振り回し、身構える。ドュームとリューが異なる唯一の違い・・・リューロードの長槍クーゼの形状が変化し、機体の五体を中心に、鮮やかな緑の古代文字が包み込む。
「上級転職か!」
先の大戦を生き抜いたマルトーにも、上級転職したリューの基本性能が段違いに向上する現実を目の当たりにしている。
漆黒の基調はそのままに、真紅のラインで彩られた機体に向けて、再度のブラッティローズを放つ。
しかし、それでも彼女は知らなかった。アデューのパラディンに、サルトビのマスター。このアースティアでも上位に位置するはずのこの二機を更に凌駕する、エンペラーの・・・すなわち、【皇帝】のその性能を・・・
「よくここまで辿り着いたな」
私邸内の二階に上がった階段で、ガンドルフとファリスが多くの部下を従えて待ち構えていた。脱走した彼らが必ずここを目指してくる事が解っていた以上、ガンドルフとファリスが指揮する部隊の、その迎撃態勢は万全である。
握り締めるテンペストを突き立てる。
「パッフィーは何処だ!」
「お前たちがお探しの、パッフィー姫なら、この扉の奥にいる・・・・・・だが、お前たちに辿り着けるかな?」
ガンドルフが大剣を抜き放つ。
「カリウス様と一緒に、な・・・」
「きっと今頃も・・・」
周囲の警備兵の物言いは、アデューたちの感情を逆撫でした。ただでさえこの数日間、あの男がパッフィーをレイプした現場の映像を、見せ続けられた彼らである。
だが、組織の重鎮を担うガンドルフは当然、その場にいる部下たちも、ロンバルディアが誇る精鋭部隊である。しかも容易に突破できる陣容でもない。建物内という事で、ソリッドを持ち込めなかった事が唯一の救いではあるが、それはアデューたちも同様である。
アデューがテンペストで斬り込み、サルトビが火術玉とクナイで援護、砲撃部隊を牽制する。
「ここは俺とアデューに任せろ!」
リューを召還する事はできない上に、ロンバルディアには別部署からの増援や、ロンバルディア傘下の応援部隊が次々と駆けつけてくる。このまま時間が過ぎれば過ぎるほど、劣勢に陥っていくのは明白だ。ここは多少強引でも強行突破し、パッフィーを取り戻して、速やかに撤収した方が得策だ。
突進したアデューが、ガンドルフとファリスを含め、出来る限りの人間を相手に立ち向かい、アデュー一人で捌き切れない相手を、サルトビが一手に請け負った。
少しの余裕もない厳しい二人の状況だが、数分程度なら持ち堪えられる自信があった。
イズミは迫った男を一蹴して、扉に手をかける。そして・・・扉を開いた通路へ踏み入れようとした瞬間、大柄な体躯が、駆け上がってきた階段まで跳ね返された。
「いい作戦ではあったが、残念だったな」
ファリスが嘲弄する。
「この扉から先は、カリウス様以外の侵入を許されない。お前たちが如何に努力したところで、パッフィー姫のところには辿り着けないのさ!」
「け、結界かぁっ!!」
体勢を整えたイズミが唸る。
この手の結界は物理的な力だけで、なんとかなるようなものではない。例えリューを召還した攻撃力を持った一撃だとしても、魔法によって展開された結界は、あくまで魔法で解除しなければならない。
そしてそれは、彼女の救出が不可能を意味している。
「チッ!!」
火術玉で煙幕を張ったサルトビが、イズミと退く。
「絶対に! 絶対にここから助け出してやるからな!!」
最後まで立ち止まっていたアデューも、この場はとりあえず退く以外に道がなかった。
「待っていてくれぇ! パッフィー!!!」
「逃がすな、追えぇ!!」
その戦闘能力もされながら、鮮やかな引き際だった。さすがは先の大戦を生き抜いた勇者たちである。現在の彼らの状況では、パッフィー姫の救出が不可能、その判断から撤収までの切り替えが、的確で早い。
ガンドルフは無駄になるだろう、と理解していながらも、己の職務をまっとうするべく、勇者一行の追撃の手を緩める事はなかった。
慌しく殺伐とした室外とは裏腹に、最初の衝撃から安寧そのものであった室内では、二人の男女がまさに、達しようとしていた。
既に彼女の身体は・・・パッフィーの身体には、犯される痛みはない。少なくても肉体的には。むしろ、性交による快感さえ憶え始めてもいた。好きでもない男に犯されて、感じていく性感に戸惑いつつも、決して声に出す事はしない。
感じているなどと知られれば、身体を繋げている男を喜ばすだけだと、彼女の理性が懸命に警鐘を鳴らしている。
だが、如何に彼女が我慢を重ねても、その限界はあった。
「絶対に! 絶対にここから助け出してやるからな!! 待っていてくれぇ! パッフィー!!!」
(ア、アデュー?)
犯している男とパッフィーの身体が弾け合う中、久しく聞くが事ができなかった、愛しい者の声が聞こえたような気がした。
アデューを意識してしまった彼女の身体は・・・性感は急激に活性化したように、犯している男を締め付ける。芯に火が灯ったような、それまで懸命に努力して抑え込んでいたものが溢れ出し、パッフィーは次第に高みへと上り詰めて行った。
パッフィーはその彼らが退いたその直後、カリウスとの性交で初めて、達してしまった。性交によって初めて、絶頂を極めたのである。
身体の膣内で達したカリウスを受け止めながら、その異物の存在を実感しながら、パッフィーは荒い息を漏らし続けた。
「いったな・・・」
「・・・・・・」
無言を貫く彼女を他所に、カリウスはその無言こそ、彼女の返答だと、その指摘が現実を物語っている、と理解した。
「フフッ、誰にも聞こえないさ、そう、姫のお仲間にも、な」
「くっ・・・」
その気丈な彼女の瞳を受け流し、カリウスは思考を開いて問いかける。
(首尾は?)
(申し訳ありません)
弟から得られた返答は、決して芳しいものではなかった。むしろ、想定していた中で、最悪な状況が容易に予想される。
(詳しい報告は、今、そちらに伺った際にでも)
(解った)
余計な事実を彼女に漏らすほど、カルロスは愚か者ではないし、ましてや無能者でもない。カリウスは安心で了解した。
(そのお前の不手際とは、珍しいな)
(何分、寝不足でしたのでね)
(・・・・・・)
その元凶が自分にある、と解って、さすがのカリウスも苦笑を禁じえなかった。昨夜ここに宿直させ、その横でパッフィーと睦み合っていたのだから・・・
早朝から熱い愛を注いだ少女の身体を解放し、ガウンを身に纏う。改めて新しいコーヒーを沸かしつつ、念入りに小さなテーブルの呼び鈴を鳴らした。
圧倒的であった・・・マルトーのダークローズが地に転落する。
リューロードには通用したブラッティーローズも、上級転職によって真の性能を解放したスターライトロードの前に握り潰され、交えた斬撃の僅か数合だけで、マルトーは大地に突き落されていた。
そこにアデューたちの・・・パラディン・マスター・ハイプリーストが駆けつけていなければ、勝負は既に決していただろう。そこに彼らが求めていたウィザード、マジドーラの姿がない事に疑念を憶えたが、今は問答していられる余裕はなかった。
そのアデューたちの背後には、ロンバルディアのソリッドが追撃している。
「退くぞ、マルトー!」
その意思を了解した彼女は、再び跳躍してブラッティーローズをカルロスのエンペラーに放つ。
「その技は、このエンペラーとなったスターライトに無駄だと・・・な、なに!!!」
再び掴むつもりでいたカルロスは、思わず絶句した。その赤い閃光の軌道を見誤ったのだ。確かに寝不足で集中力が低下、散漫していたかも知れない。ダークローズの放った閃光は、エンペラーの機体にではなく、その足許・・・大地に向けられたものであった。
「よし!!」
アデューのパラディンが跳躍し、その機体から紅蓮の炎が包み込む。その炎を長剣の刀身一点に集約し・・・後方の追撃部隊に放つ。
「秘剣! 重閃爆剣(メテオザッパー)!!!」
使い手ひとつで、山一つを吹き飛ばすほどの威力を秘めるアデューの大技である。
煙幕が次第に晴れていく中で、無傷のエンペラーが周囲を見渡す。大きく穿った大地に、辛うじて直撃を免れた、稼動不能に陥っているソリッド部隊。
既に勇者一行の姿は、どこにもなかった。
「・・・逃げられましたか」
エンペラーの上級転職を解いて、カルロスは独白した。
あのまま戦っていれば、アデューのパラディン、サルトビのマスター、イズミのハイプリーストをも相手取らなければならなかっただろう。ドューム含めた四機を相手にするには、カルロスの体調が万全であっても、このエンペラーの性能を持ってしても、絶望的な戦力差だ。逃げられた、と言うよりも、手出しする事もできなかっただろう。
「それよりも・・・問題は、だが・・・」
まだカリウスとも話してはいなかったが、既にカルロスには、更にパッフィー姫を拘束する代案を考え付いていた。
建物の被害や、味方の損害状況を駆けつけてきたガンドルフ、ファリスの両名に一任して、カリウスの屋敷に向かう。
「兄上に報告する前に、まずやっておかなければならない事があるな」
欠伸一つして、彼は先にロンバルディア本部に赴き、前市長マードックに連絡をつけた。勇者一行がここから抜けて、まず向かうとしたら、マードックの私邸以外にないからだ。
「これはカルロス様、御早い・・・」
「下らぬ前置きはいい」
カルロスも兄カリウスと同様、型通りの挨拶や美辞麗句を好まず、性急性と実利だけを求める、徹底したリアリストである。また今回は特に、早急に手を打っておかなければならない事情もあった。
「もうすぐ、そちらに勇者一行が行く」
「えっ?」
既にロンバルディア傘下にあるマードックにも、既に勇者一行の敗北した後に捕らえられ、カリウスの欲望が成就された事実を知悉している。
「詳しい説明は後だ。とりあえず、勇者一行がそちらに来たら、お前の個人的な事情柄で歓待してやれ。その後の連絡はこちらから追ってする」
通信は一方的に途切れた。
「勇者一行がこちらに・・・」
それをすぐに脱走の文字へ結びつけるのは、そう困難な事ではなかったが、それを殊更、歓待する事に戸惑いを禁じえなかった。その勇者一行を嗾け、打算から彼らをロンバルディアに売ったのは、紛れもなくマードック本人なのだから。
「では報告を聞こうか」
カルロスが来ると知って、パッフィーは慌しく着替えを済ませている。朝からカリウスに求められた・・・犯されたのだと、知られたくはないのだろう。思考で繋がる兄弟を前に無駄な努力ではあったが、その事実を知らない彼女には、主君を前に訪れた男の表情に、安堵の溜息を漏らした。
「まず、早朝の出来事ですが・・・」
「今朝の衝撃だな?」
主君の問いに肯定する。
「・・・率直に言いますと、魔族の仕業でした」
「ほぉ・・・」
パッフィーも驚きを禁じえなかった。
確かに魔族の残党は存在する。パッフィーも一人、面識のある魔族が、あの大戦以降も生き残っている事を知っている。だが、今回の襲撃の犯人そのものが彼女だとは、さすがに解るはずもなかったが・・・
「そして、その騒動に乗じて、勇者一行が脱走し・・・」
「ア、アデューが!!」
彼女の問いに対しても、彼は肯定する。
「この私邸内を・・・恐らくは、パッフィー姫を探していたようですが、多勢に無勢・・・退きました。恐らくは今も、このモンゴックに息を潜めているものと思われます」
パッフィーは脱走と聞いて、深刻な表情を浮かべたが、その直後に仲間の安否を知って、安堵の溜息をついた。
(どういうつもりだ?)
それは明らかに、カリウスにとってはマイナスの報告であった。すなわち、パッフィーを犯す事に対して、彼らの生命を握っている、という強みが、当初のカルロスが提案した効力を失った事を意味している。同時に、勇者一行という、強力な敵を野に放ってしまったのだ。
(全てお任せを)
その思考に少しの揺るぎもない。
「カリウス様の許可が下り次第、勇者一行それぞれに、多額の懸賞金をかけて、大陸全土に働きかけるように、既に手配してありますが・・・」
それは本当である。これによって彼らは、これから赴く街先々で常に様々な人間から狙われる事になるだろう。正面から個人の武力で討ち取る事が難しい輩だが、様々な人間に、何処でも常に・・・となると、話はまた別物である。
だが、カルロスが敢えてパッフィー姫の前で披露した理由が、その事態が恐らく起きないであろう事を、見越しての話ではあった。
「手際が良いな・・・すぐに・・・」
「待って!」
パッフィーがそのカリウスの言葉を遮った。カリウスには意外ではあったが、カルロスには計算どおりの、彼女の発言であった。
(なるほどな・・・)
カリウスにも、その弟の考えが読めた。だが、同時に実の弟ながら、その判断力と計算力に舌を巻く。
その裏の会話を知る由もなく、パッフィーは口調を弱めて哀願する。
「御願い・・・これ以上、アデューたちを・・・」
「・・・・・・」
この時の権力者は一言も口にせず、彼女の提案を思考する。カルロスも黙ったまま、室内には無言の空気が流れた。
「では・・・」
沈黙の空気に幕を下ろして、彼女の表情を見据えた。
「俺がこのまま勇者一行を見逃した、として、俺にどのように益するところがあるのかな?」
カリウスは勇者一行を放置する代償として、彼女に代価を求めた。
カルロスには判っていた。
彼女がこの追討令を遮るであろう事を。そして、その代償として、今の彼女には兄と交渉する材料が、自身の身体以外に持ち合わせていないだろう、事にも・・・・・・
アデューたちとマルトーは、マードック市長(前)の邸宅で、ようやく一息を付く事ができた。無論、事前にカルロスから連絡を受けていたはずのマードックだが、その事実を感じさせない演技で、勇者一行の十日ぶりの帰還を歓迎した。
彼らを完全に釈放扱いとし、このモンゴックから脱出できるように、マードックが手配するように命じられるのが、その日の昼過ぎ・・・パッフィーとカリウスとの間で、一つの交渉が成立した後の事である。
そのような背景から、アデューたちは久しぶりの入浴で身を清め、豪勢な食事に、久しかった自由の時間を満たした。
「一体、何があったのかね?」
再び一同が会した時に、マードックは慎重な面持ちで一行を見渡した。
裏からの情報を抜かせば、未だにマードックは何も知る事がなかったはずの市長に過ぎなかった。突然、勇者一行と共に倉庫地帯に派遣した憲兵隊は一斉に辞職し、討伐されるべくロンバルディアの組織が逆に膨れ上がったのだから、裏に精通していない人間には驚くべき現状ではある。
「実は・・・」
勇者一行は倉庫一帯で起きた、一連の結末を余す事もなく語った。さすがにパッフィー姫がレイプされた部分は言葉足らずで濁したが、その空気からでも、当事者でない人間にも何が起こったのか、彼女の身に何が起きたのか、容易に察する事ができた。
「それが、これか・・・」
マルトーは室内でも身に纏う外套から、一枚の紙キレを手渡す。彼女が魔族と知れたら、まだ魔王ウォームガルデスの脅威が記憶に新しい世の中である。市長マードックは当然、この私邸中の人間が恐怖に駆られる事だろう。故に彼女は室内でも外套を身に纏い、常に第三の額の目も伏せ続けている。
「こ、これは・・・」
それはあのパッフィーの・・・裏市場に出回った、あの衝撃のプリントアウトである。画像が荒く、当時ほど鮮明ではなかった分、マルトーにしてみても、これが本物か偽者か、すぐに判別はできなかったらしい。
「それからこの街に辿り着き、お前たちの噂を耳にした。私を、いや、ギルツ様さえ倒したお前たちが・・・と、俄かに信じられなかったが、あの厳重な警備網を見て、早朝の襲撃を決めたのさ」
その一行の説明を、マードックはあくまで沈痛な表情で受け止めた。
「そんな事が・・・」
勇者一行の話を聞き終えて、今度はマードックが、それからのモンゴックに起きた出来事と、ロンバルディアの近況を語る番であった。
「既にこの街は・・・いや、このアースティア全体に、ロンバルディアは少なくない影響力を得るに至った、と言っても過言ではないでしょう」
アデューたちは衝撃を憶えずにはいられなかった。あのパッフィーを穢した男は、表裏からこの街の支配体制を確立させて、絶大な権勢を得ていたまでに成長していたとは・・・
そこに彼らの捜索の手がマードックの私邸にも及んだのだという。今は辛うじて言い逃れる事ができたらしいが、それも時間の問題であろう。
「いよいよ、厳しくなってきましたな」
その捜索自体でっちあげであったのだが、マードックの巧妙な会話もあって、勇者一行の中に疑う者は皆無であった。
「チッ!」
「さすがに手早いな・・・」
ここで市街戦を展開する訳にもいかず、ましてや敵は強大である。そのカリウス・・・ロンバルディアに対抗するには、こちらも相応の軍事力を手にしなければならないだろう。
マードックはまだカリウスの手に及んでいない職権を利用して、一艘の船を手配しようと尽力した結果、非合法の船艇に密航者四名の枠を確保させる事ができた。
「とりあえず情勢を窺いながら、何処かで身を潜めて、この情勢の変化を待つしかないだろうな・・・」
この地に残していく少女の事を思うと辛いが、彼らには他に道がなかった。いや、あったのかも知れないが、この巧妙に仕組まれていた性急な状況では、彼らの選択は仕方がないものであっただろう。
周囲を警戒しつつ裏手に回った市長専用の馬車に乗り込み、モンゴック港街に向かう。幸い(実際にはいないのだが)捜索の人間に気付かれた様子はなかった。
「・・・」
その馬車の窓から覗ける景色に、一行の面持ちをただ重くする。あれからまだ一月と経っていないが、なんと変わってしまった事だろうか、と、思わずにはいられない。夜半には無人だった倉庫地帯でも、今は多くの人間が行き交っているが、その彼らもあの晩、ここで起きた惨劇を知らないであろう。
「絶対・・・絶対に、またここに戻ってくる!」
船艇に乗り移る際に、アデューたちは一度だけ、モンゴックの街を振り返った。
こうして、アデュー・ウォルサムとその勇者一行は、パッフィー・パフリシアを残して、このモンゴックの街を後にする。彼らにすれば、得るものはなく、失うものが余りに大き過ぎた、モンゴック滞在の十日間であっただろう。
そして、彼らを乗せた船体が目指す場所は、奇しくも・・・旧パフリシア領であった。
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