第五章【混迷の大地】正義の旗を掲げて・・・

(1)

 その男との初めての出会いは、今から三十数年前の事だった。
 本来なら、生かしておく予定にはなかった男である。
 自分の血脈とパフリシアとの血脈の結びつき。その血脈が幾度もなく交じり合い、織り成していく結果、その純血の濃さが増していくにつれて、その効果は明確に表れていった。
 余談ではあるが、近日中に誕生する彼女との子供は、自身と彼女の幾重にも掛けられた血量で、その純度と濃度においても、今までにない最高傑作品となろう。
 その産まれて来る最高傑作品と、また俺の血が重なる時こそ・・・
 ・・・話を戻そう。
 つまり、自身の血とパフリシアとの間で受け継がれた血縁者は、確かに強力な力であり、そして同時に、それだけに脅威になりえた。自らの血を引いた血縁とはいえ、決して自分ではないのだから・・・
 故に彼という男も、あくまでその長兄が万が一の時の為だけに生かされていた。あくまでもスペア的な存在でしかなかったのである。
 もし、長兄に乗り移る前に、その双子の弟を・・・これまでの兄弟、血縁なる祖先たちと同様に処断していれば、その後のアースティアの歴史は大きく変更を余儀なくされ、それに伴い、自分の運命も大きく変わってしまった事であろう。
 少なくとも、これほど容易にパッフィー・パフリシアを捕らえ、勇者一行の眼前で破瓜し、レイプする事は叶わなかっただろう。その後も、自身との子供を身篭る覚悟もできなかったに違いない。
 だが、その長兄に乗り移ってから、思わぬ産物が思考内で繰り広げられた。こんな事は今までにもなく、これが極度の近親交配による産物だったのか、珍しく双子であった事なのか?
 恐らくは、その両方であっただろう。前者だけの理由であるならば、最愛の妹であったマーリアも、思考による会話が可能だったはずである。
 またその弟の様々な才能、能力は、父であり、兄でもある自分の目を見張るものがあった。まさに天賦の才と言っても過言ではなかっただろう。弟はその自身の実力によって、自らの生命を獲得したのである。
 魔法では絶対に、兄である自分に及ばないと理解すると、弟は兄に必要とされる人物になろうと、魔導師でありながら、近接戦闘法を学んだ。特に槍術、針術に至っては、その基礎を教えた僅か数日で、既に師匠である自分以上の実力を開花させていった。


 その男との出会いは、今から十数年前・・・ある闇の組織が主催した集会の時であった。当時の彼は、世捨て人のような兄を当主に据え、組織を立ち上げたばかりの、裏の社会では無名の兄弟であった。
 その男と対峙してみて、自分は即座に(この男は傑物!)と思い至ったのは、その男の行動力、判断力、決断力、そのいずれもが桁外れであったからだ。
 当時、何の後ろ盾もなく、若年だった自分が、その新興組織を・・・その人物を叩き潰すべく兵隊として狩り出されたのは、当然の事だった。闇社会の最下層で蠢く人間は、そうやって伸し上がっていく道だけしかなかったのである。
 だが、結果は・・・先に少し触れたように、散々なものであった。
 自分も数少ないリュー使いという自負もあり、それなりに自信を持って挑んでみたものの、この結果の為だけに「完敗」という言葉が存在するような、散々たる結果であった。
 上級転職を果たしているリューと、果たしていないリュー。そしてそのリューの性能差だけではない、それ以上の歴然たる差が、この男と自分の間にはあったのだ。
 そして・・・気がついた時には、自分はこの類稀な兄弟に対し、完全な忠誠を誓っていた。
 カリウス様が勇者一行を誘き出し、パッフィー・パフリシアを犯す、という欲望の一端を曝け出した時、それはあくまで一時期的なもの・・・ただレイプするだけの(闇組織においては、レイプ強姦輪姦などは珍しい出来事ではなく)一夜の快楽を求めてのものと思われた。まさか、その後日も囲い続け、妊娠させる事が目的だった知らされたのは、それから暫く後の事であった。
 無論、自分には何の異存も、反対もなかった。
 カリウス様とあの方がそう望むのなら、絶対的な忠誠を捧げた自分は、その希望に添えるよう、そのように動くだけの事である。


 その男との出会いは、闇組織ロンバルディアが確立し、それまでモンゴック随一だった闇組織との抗争が、明確になってきた頃の事である。
 不思議な事ではある。その当時、闇組織だけに限らず、どんな組織においてもそうであろうが、このロンバルディアに限っては、兄の当主よりもその弟の方が、闇社会において遥かに名声を得ていた。
 そして、リュー使いである自分に、自身が所属する組織から、ある依頼が届くのも常識の想定内であった。現在、対立しているロンバルディア、その中心人物であるその男を消す抹殺指令である。
 既にある程度の組織として成り立った中心人物であり、その依頼が容易な事だとは思っていなかったが、自分にもアースティア一の狙撃手としての自負がある。それなりに自信があったのは、確かだ。
 だが・・・
 長距離ライフルで狙う事、三度・・・いずれも限界射程距離である。それにも関わらず、あの男は銃口を敏感に察知して、気付いてみせた。
 その後、自分の所属していた組織は、語るまでもなく、その男とロンバルディアの前に壊滅してしまった。
 余談ではあるが、自分はその組織の残党を集めて、一つの組織を結成した。
 確かに壊滅した組織の残党とはいえ、自身を含めて、それは精鋭揃いである。今後の立ち回り次第では、まだまだロンバルディアとも張り合えるぐらいあの見込みはあった・・・・・・はず、だった。
 このモンゴックの街に、奴らさえ、来訪してこなければ・・・
 その勇者一行がロンバルディアの罠に嵌り、パッフィー・パフリシアが勇者たちの眼前で、レイプ(破瓜)された事は、後日の映像から拝む事ができた。
 正直、【封印の魔女】【聖女】と崇められたアースティアのアイドルとはいえ、まだ小娘に過ぎず、カリウスの悪趣味を禁じえないものではあったが、勇者一行を前に一発かました、その状況は、気分爽快であった。


 その男との出会いは、モンゴックに到達したその日、それまで胸に秘めてきた少女に告白、まさに求婚を求めようとしていたその時だった。
 市長の使者として現れたこの男は、その胸にある秘め事を完璧に隠し通して、自分たちは完全に騙されてしまった。その翌日の、見事なまでに誘導された会話を含めて・・・
 周到な罠に誘い込まれた俺たちは、敵の圧倒的な物量を前に、完全に敗北を喫した。そしてパッフィーはその敗北を・・・取り返しのつかない行為によって刻まれてしまったのである。
 俺は絶対に、カリウスを許さない・・・後の自分の恥ずべき思想もあって、俺はカリウスを許せないだろう。
 そして、俺は絶対に、パッフィーを救出する・・・絶対に・・・


 その男との出会いは、捕らわれたとされる勇者一行を救出する為に、ロンバルディア・・・すぐ後にロンバルディア王国となる、その仮居城となった地でおいてである。
 先の大戦、亡きギルツ様に従い、またあのアースブレードの頂でアデューに敗北した後も剣の鍛錬は怠る日はなく、それだけに勇者一行の面々以外の人間に遅れをとるつもりはなかった。
 だが・・・
 当初、まず互角に持ち込めた戦いではあったが、上級転職した男の機体を前に、私の機体は成す術もなく敗北した。あのとき、先に救出する事ができた彼らが駆けつけてくれていなければ、私も間違いなく、捕らわれの身であった事だろう。
 ・・・いや、魔族である私は、殺されていたかも知れない。
 余談ではあるが・・・私は魔族ではあるが、仮にも女でもある。だが、アデューたちのように、カリウスという男が成した行為に憤りを憶える事はない。魔族の社会では力だけが全てである。彼らは敗北したのであり、その代償として、パッフィー姫が辱めを受けたのは、当然の事だと思う。
 ・・・故に近親交配の疑い云々も、私には関係ない。


 私にとって、その方は命の恩人であり、まさに英雄的存在でした。
 私はモンゴック付近の森で、森の狩人として生活を生計していた。そんなある日、自身の縄張りの中で、当時最大手だった闇組織の非人道的な行為を目の当たりにする。一人の麗しい女性を、多くの男たちが乱暴していたのである。
 そう・・・まるで人が人を狩るような・・・
 後に、ある少女を、あの方の兄が行ったような・・・
 当時、何のしがらみもなく、自由人であった私は、自分の縄張り内でその行為を黙認しておけるほど甘くはなく、また同時に、若かったとも言えるだろう。
 相手がソリッドを中心としていた構成であり、私の機体こそリューとはいえ、それは中距離支援型である。その勝敗の結果は明白であった。
 リューは貴重故に没収、私は殺されそうになった。
 その捕らわれた私を救出、解放してくれたのが、私用で付近に出向いていた、あの方であった。
 その方も、そいつら同様、闇組織なるロンバルディアに所属している、という事実は確かに驚きの対象ではあった。だが、それでも私は今までの生活を捨て、どんな闇にでも足を染める覚悟を決めた。
 その方に着いていく事を心に決めたのだ。
 ロンバルディアでも貴重とされたリュー使い。それもあって、新参者であり、若年に過ぎない私を、あの方、その兄カリウス様の一声だけで、重鎮に抜擢され、厚遇される事になった。
 今でも、どちらかに忠誠を絞れ、と迫られたなら、私は間違いなく、名将として確立しつつあるあの方に、着いていく事だろう。


 わたくしにとって、あの方は・・・心の支えでした。
 それはわたくしが、あの方の兄に嫁いだ後も変わる事はなく、あの方の眼前でも、わたくしは幾度もなく、その兄の身体と繋がりました。
 あの方との出会いは、仕向けられたものであり、そしてそれは、十五年ぶりの再会とも言えなくはありませんでした。ただ、当時は乳飲み子でしかなったわたくしに、記憶などありませんでしたが。
 港倉庫でわたくしの身体と視覚の自由を奪い、あの方はわたくしの身体を、その兄に・・・カリウスに捧げました。初めから、そのつもりで私たちを誘き出し、わたくしをレイプ(破瓜)するつもりだったのですから。
 その後の暫くは、その兄の方にではなく、あの方に奪われた方が・・・まだ、マシだったと思っていたのは事実です。無論、アデューに捧げられる事ができれば、それに勝る事はなかったのですが・・・
 後にあの方はわたくしに言いました。兄は情の人であり、自分は理の人である、と。自身は薄情であり、冷酷であり、そして残酷である、と。故にわたくしを、カリウスに捧げたのだと・・・

 その告白が紛れもなく、真実であったのだと理解した時には、わたくしは、もはや取り返しのつかない事態へ・・・・・・




 真紅だけに染まった夕焼けの空と、流血の大地・・・
「ハハッ、楽勝だったな!」
「すげーぜ。この最新型は、よ・・・」
 戦勝会に酔う下士官たちの言葉が、破竹の進撃を物語っている。
 帝国居城ルーンパレスを進発した帝国軍の軍勢は、その動員兵力、十五万という大軍であり、主力機が最新型ソリッド・L3(ロングレンジスリーの略称)という事もあり、瞬く間に近隣諸国を併呑、平定していった。
 シンルピア帝国軍科学局長、Dr.ポンテが開発した最新型ソリッド、L3。これまでの最新鋭機といえば、ロンバルディア王国製のギザーがそれに該当し、近接・機動・砲撃の三タイプに対応できる汎用性が特徴であった。これに対して帝国製L3は、その略称が示すように、実弾、ミストショット、火炎放射という砲撃戦だけに特化した、中長距離戦仕様の機体である。
 その機体と戦勝に酔う士官たちを遠目に、アデューの心は明らかに消沈していた。彼のリューナイトも、一軍の総大将にも関わらず軍団の先頭を駆け、今回の勝利に貢献はしている。それでもアデューの心は、その戦勝に酔う輪に溶け込む事はできなかったのである。
「この分だと近日中には、ロンバルディア国境を越えられそうだな・・・」
 振り返れば、アデューと同様、共通の思いに沈んだ表情の男がいた。
「イズミ・・・」
「あの地から脱してから、もう半年か・・・」
 ロンバルディア王国・・・その首都である旧モンゴックの街は、彼らにとって忘れ難い、忌まわしい限りの地である。その陰惨な場面を見せ続けられた監禁から逃れ、その地に彼女を残したまま脱してから、早、半年が過ぎようとしている。
 ロンバルディア王国までの障害となる敵勢力を一掃し、早くパッフィーを救出しなければならない。ものには順序があり、それまでにもやるべき事はたくさんある、と解っていながらも、気だけは逸ってしまう。
 また同時に、勝ち続けて行く事は、徐々にあの陰惨な一連の事件があった、あの地に近づいていく事と同義であり、嫌にもあの光景を思い出させずにはいられなかった。
 そのしがらみにも似た思いは、現在、諜報で政務しているサルトビを含めて、三人の共通の思いであっただろう。
 アデューは自らの長剣テンペストに視線を送った。
 (イズミや、サルトビが知ったら・・・俺を軽蔑するかな?)
 破瓜され、レイプされて歪んだ、パッフィーの表情が思い浮かぶ。その当時は、ただ憤りだけしか感じなかったはずの行為。それが今では、それに激しい興奮を、更に被虐的な彼女の表情を期待してしまっている、自分がいる。
 (軽蔑する、だろうな・・・)
 それは思春期に差し掛かった男なら、誰も抱くであろう欲望の一端であり、悲しい男の性でもある。それはアデューに限らず、サルトビや聖職者のイズミに至っても同様であり、確かに不謹慎ではあるが、彼を軽蔑する事は決してなかった事だろう。
 だが、アデューはその共通な思いを抱くイズミにさえも、己の心に秘める邪な思いを打ち明ける事は、遂に・・・できなかった。



 大いなる剣が突き立つ大地、アースティア。
 先の大戦の終焉、魔王ウォームガルデスとの戦いから、約二年の歳月が過ぎ、確かにアースティアの世界には、一時的な安寧と平穏な日常が訪れていた。だが、その平和が長くは続かないであろう事を・・・既に新たな時代の幕開けを予測できなかった者は少なくはない。
 そう、戦乱というの時代を・・・
 魔王ウォームガルデスがアースティアに振りまいた恐怖、混乱と破壊。
 それが急速に収束へ向かっていく中、それは同時に、他国の国家にとっても、絶好の機会であったのである。
 このアースティア中央大陸においても、それは例外ではなく、既に小国同士の、記録には残り得ないだろう諍いも既に勃発していることもあり、この雪解けと同時に、新春の息吹と戦乱の時代の幕開けが、大陸全土を覆っていくだろう事は、民衆たちでさえも感じられていた。
 そして、この中央大陸の覇権は・・・戦乱の中心的な有力国家は、ほぼ次の二国だけに限定される。南方の広大な領土を版図とする、シンルピア帝国。そして、北の経済都市を中心として、昨年に樹立した新興国家ロンバルディア王国である。

 シンルピア帝国は、広大な領土を誇る大国であり、生産力と軍事力でロンバルディアを圧倒するも、経済力においては、ロンバルディアが遥かに帝国を凌駕しており、その両国の兵力差も月日が経過してごとに埋められていく。
「今日、皆に集まっていただいたのは、他でもない。後日の派兵に・・・対ロンバルディアに対しての軍事会議である」
 シンルピア帝国の宰相ミストラルフは、帝国定時会議の際、主だった重臣たちを見渡して、この容易ならない事態を一同に促した。既に帝国の方針が、ロンバルディアを不倶戴天の敵として定められているのは、暗黙の了解のもとである。
「各位それぞれに具申するところがあるかも知れないが、まず、その前にこの報告に目を通してもらいたい」
 ミストラルフは今年で七十三歳。豊かだが真っ白になった頭髪と、尚も鋭い視線に威厳さを残す、帝国の名宰相である。人格は冷淡巧緻で、残酷と言われるほどではないが、あくまで合理的な思考の持ち主である。その手腕と辣腕ぶりが、現在の帝国が大国でいられる由縁ともされる。また皇帝トュエル・カスタネイド・ジェームズ一世の温厚温和な人格であるのに対し、俗に【死霊犬】と帝国が蔑視されるところでもある。
「き、九万・・・二千だと!」
「計測ミスではないのか、これは!?」
「雪解け前にも、これは仕掛けておかなければならないかも知れんな・・・」
 廷臣達がざわめくのも無理はない。
 帝国軍三十万に対し、ロンバルディアの軍事兵力は、計測できた時点で九万二千。軍事比率は、およそ三分の一まで狭まっており、尚もその兵力数は上昇の一途である。ロンバルディア王国の経済力・・・アースティア一の経済国家である以上、それはまだ想定内の数字ではあったが、その勢いは、名宰相とも呼ばれる彼の頭脳をもってしても、予想外の速度であった。
 また、帝国とロンバルディアの国境が隣接している訳でもなく、その間に幾つかの中小国家が挟まれている。故に直接対決する頃には、少なくても、これ以上の数字が算出されるであろう事は、想像に難しくはない。


 おおよその進撃ルート、補給路、食料や弾薬、ミストなどを含めた物資の確保、出兵日などが定められ、居城ルーンパレスが俄かに活気づく。
 また、この帝国軍の派兵が決まったその日、先の大戦の英雄であり、現在は帝国の賓客として持て成されていた三人に対し、正式に帝国軍の参軍が任じられた。
 これにより、アデュー・ウォルサムは、帝国史上(共和国時代を含め)最年少の将軍に任じられた。他の二人に比べて地位が高いのは、皇帝唯一の血縁者レンヌ皇女との婚約が、少なからず影響している。
「いよいよ、か・・・」
 開戦の報告を複雑な心境で受け止めつつ、戦いへの高揚感に戸惑わずにはいられなかった。無理もない。如何に先の大戦の英雄であり、勇者として崇められるほどの歴戦の戦士とはいえ、まだ十六歳の若者であり、彼は真のアースティアの平和を願って、魔王ウォームガルデスと、生涯の師であるギルツと戦ったのである。
 それでも彼には、果たさなければならない願い、望みがあった。
 (必ず、パッフィーを救い出す・・・絶対に!!)

 かつて・・・いや、今も愛して止まないパッフィー・パフリシアは、アデューと同様、先の大戦の英雄であり、また【封印の魔女】【聖女】として、アースティアの至宝の如く崇められていた少女である。年齢はアデューと同じく、十六歳。可憐な容姿に小柄な身体でありながら、過酷で残酷な運命に翻弄された少女であろう。
 今からおよそ十ヶ月前・・・
 王都ロンバルディア(当時モンゴックの街)に赴いた勇者一行は、その当時、闇組織の一つロンバルディア(現ロンバルディア王国の中枢)の前に敗北・・・捕らわれたパッフィーは、数多の観衆が集った公然の場、その仲間の前で、レイプされてしまう。そして今も彼女は、アデューのいる帝都ルーンパレスから遠く離れた、ロンバルディアの地にある。
 そのパッフィーがカリウスに娶られて、その子供を宿したという情報が帝国の諜報機関から知らされた時、彼らは、もっとも恐れていた事態が現実のものになってしまった事を、自覚せずにはいられなかった。
 確かにカリウスが、パッフィーをレイプしたのは、あくまで彼女に自分の種を植え付け、妊娠させる事にあったのだから、今更ながら驚くべき事実ではなかったはずだが・・・
 カリウスという男が・・・パッフィーにとって、実の父親である事を知る者は少なく、彼はその限られた少数派に属していたが、それだけにパッフィーが身篭ったのは、衝撃的な現実であった。

 実の父親の種を、その娘が宿した・・・と、いうのだから。

 サルトビは、アデューより二つ年長であり、今年で十八歳を迎える若者で、漆黒の瞳と髪を持つ、日出国出身の(先の大戦前に、魔族の襲撃により滅亡した)忍者一族の末裔である。
 そのサルトビは、帝国軍諜報担当という、一軍を預かるアデューの将軍位に比べれば見劣りするものの、それでも破格の待遇であり、忍者である彼の特性を十分に活かせる役職ともいえるだろう。
 最後のイズミは、大柄な体躯と物静かな性格を持ち合わせた、今年三十六歳を迎える青年である。先の大戦では、最年長者としてアデューやサルトビといった個性強い勇者一行を纏め上げ、パッフィーが乳飲み子の時から護り続けてきた大男である。その彼は、勇者一行を纏めていた実績と、僧侶としての実力を買われて、後方支援参謀の役職を拝命。組織においては、では基本的にサルトビと同様、アデュー麾下に位置する。
 この先の大戦の英雄三人が、それぞれの個性にあった役職が与えられたのは、まさに宰相ミストラルフの人選の妙であろう。


 かくしてシンルピア帝国は、翌月、アースティア世界に真の秩序を回復させる正義の旗を掲げ、中央大陸制覇に乗り出す。近隣諸国を手始めに、最終的にはロンバルディア王国領へと目指す。出征に動員される兵力は十五万、これは帝国の総兵力の五十%に該当し、帝国が一気にロンバルディア王国を殲滅・・・大陸の覇権を一気に決めてしまおうという意志が明白である。また、アデューたち一行も、かつての仲間である、パッフィー・パフリシアを救出するという正義を心に、その出征の徒につく事が決まっている。

「行かれるのですね・・・」
 初代皇帝トュエル・カスタネイド・ジェームズ一世の唯一の血縁者であり、孫娘であるレンヌ・カスタネイド皇女は、将来の夫になるアデューを見据えた。
 レンヌ・カスタネイドは、皇帝ジェームズ一世の末子の娘であり、現在は皇族に残された唯一の人物である。婚約者であるアデューと同年に生を受け、身分に関係なく誰にも優しく接し、また、幼少から病弱な身体ではあったが、可憐な容姿も相まって、皇帝ジェームズはこの孫娘を溺愛し、反感根強い帝国領の民衆からも、絶大な人気を集めている。また、陰惨な過去を持ち合わせている少女でもあったが、アデューと結ばれたあの日、それ以降から、その彼女の姿勢に過去の懸念は見受けられない。
「ああ・・・」
「・・・帰ってきてくれますよね?」
 彼女が切実そうに呟く。
 アデューはレンヌのその言葉から、戦場に赴く安否を案じている、心配の言葉なのだと思った。だが・・・彼女が綴った次の言葉が、その言葉の真意を語っていた。
「・・・私と・・・私との子供のところに・・・」
 彼女はいよいよ目立ち始めてきた腹部に手を添える。レンヌ皇女の懐妊は、既にルーンパレスで公表され、その相手が婚約者として迎えられた、アデューである事は、既に帝国の誰もが知る周知の事実である。
 無論、アデューとレンヌの婚礼を、という声が幾度もなく宮廷内で持ち上がったが、レンヌの妊娠が発覚するよりも少し前から、皇帝ジェームズ一世が病に臥せってあり、完全にその時期を逸してしまっていた。
 更にレンヌ皇女の不安を掻き立てたのが、アデューと幾度もなく褥を供にするようになっていた際、寝言で、ある人物の名前を耳にしたのが、一度や二度ではなかったからだ。また性交中においても、その名を耳にした事さえもあるぐらいである。
 アデューと彼女の関係は、確かにこの帝国においても、有名なカップルの一組であろう。レンヌ自身も、大陸の英雄同士、お似合いの二人だとは思う。故に彼女が救出された後も、彼を独占しようとまでは、さすがに思っていなかったが・・・
 言葉こそ哀願のような口調であったが、アデューにとっては痛烈だった批判に言葉一つ返せなかった。これまでにレンヌと結ばれる事、幾たび。それにも関わらず、アデューの心は、この場にはない彼女だけでしかなかった。
 (くそっ! 解っている・・・解ってはいるんだ・・・)
 パッフィーを救出するため、シンルピア帝国の助力を得るのに、アデューとレンヌ皇女との婚約、ないし結婚は、確かに自らに要求された条件であったかも知れない。だが、婚前前に避妊もせず、レンヌを身篭らせてしまったのは、間違いなくアデューの過失であり、自らが負うべき責任であろう。
「レンヌ・・・約束するよ」
 アデューは彼女と、自らの剣に誓う。
「例え、パッフィーを救出できた、としても・・・俺は君と、君との子供だけに自らの余生を捧げる。この剣に懸けて・・・」
 彼に限らず騎士にとっては、剣の誓いは絶対である。まして彼の剣テンペストは、父ラーサー、生涯の師ギルツから受け継がれた剣である。
「わ、私はそこまで、貴方に求めては・・・」
「いや、いいんだ!!」
 不意にアデューは彼女を抱き締めて、その反論を封じる。
 確かにパッフィーは実の父親に犯された不幸な少女であろう。だが、この腕の中にあるレンヌもまた、十五歳の誕生日に、両親は眼前で殺され、輪姦された忌まわしい過去を持つ少女である。それだけに、もうこれ以上レンヌに悲しい思いはさせたくはなかった。
 また・・・パッフィーと離れて、早十ヶ月が過ぎようとしている今、明らかにアデューの、パッフィーへの想いは変わってしまっていた。護ってあげたい、大切な存在である事には変わりはない。だが、自らがカリウスに変わって、パッフィーを穢したい、汚したいという邪な思いが芽生えてしまっている。
 (俺はもう、あの頃に・・・引き返せない・・・パッフィーの笑顔一つだけで満足できていた、あの頃には・・・)
 父親という一点を除けば、カリウスとアデュー、パッフィーへの想いの差は、紙一重。ほぼ同類である。実際に、パッフィーに非道な行為を実行した男と自分が同類と思う考えに、拒否、嫌悪感を憶えずにはいられなかったアデューだが、彼が時折に夢想する、パッフィーへの想像、その夢の中の淫らな行為そのものが、それを物語っている。
 そして実際に、仮にパッフィーを救出できたとして、アデュー自身がその邪な想いを実現させない、という保証は、彼自身も持ち合わせていなかった。
 かくして、アデューは出陣前夜、パッフィーへの想いに一つの区切りをつけ、迫る出征の準備を・・・対ロンバルディア王国との戦い、カリウスとの対決だけに集中した。
 この時、アデューだけに限らず勇者一行が、旧パフリシア王国に仕えていた経緯もあるイズミでさえも、カリウスという巨星だけに目を奪われ、カルロスという存在に気付いていなかった事が、後日、彼らにとっても大きな誤算になる。
 彼らの仲間であるパッフィーを破瓜し、ロンバルディア王国を統治する国王はカリウスであり、その意味においては確かに、カルロスはあくまでカリウスの黒子として暗躍していた。
 それをより効果的に演出、セッティングした人物こそ、パッフィー救出を第一とする彼らに、あらゆる意味でおいても、最大の障壁であった。
 ・・・その男の対決の時が、いよいよ間近に迫っていた。

 アースティア史に残る、運命の春の到来。
 ロンバルディア王国迎撃軍、およそ八万五千。王都を進発するその前々日、パッフィー・パフリシアがカリウスとの子供を出産した。


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