その25



 王国に再び朝が訪れる。
 朝早くからも、王に謁見を求める人々の列は絶えない。
「それについては認められません。即刻、ジェファールの沼地より使用人を引き上げなさい」
 凛とした声で裁断を下す王妃アリシア。
 そんな王妃を、ただにこやかに見つめているドレッド王ガリウス。
 ガリウスの見ている前で、流れるように裁断していくアリシア。
 瞬く間に、もめ事や懸案が解決されていく。
 その手際のあまりの素晴らしさに、感嘆の声を上げる貴族達。
「初めのうちは、どうなることかと思いましたが」
「これは、意外でしたな」
「それにしても、どういう心境の変化で?」
 かつてとは違い、王国に対する忠誠と服従に満ちたその姿に、純粋に驚きの表情を浮かべている。
「これはナニですな」
「なんですかな?」
「結局、アリシア王妃も女だったということで」
「どういうことで?」
「この十数日の間、たっぷりと陛下に可愛がられたのではないですかな」
「なるほど」
「意外に、可愛いお方だったということですかな」
「ふふふ、なるほど、なるほど。肌と肌で愛し合われたと」
「おそらくは」
「いずれにしても、王国にとっては善きことですな」
 ほのぼのとした会話をやりとりする貴族たち。
 しかしその実態が、王妃に対する奴隷調教と飼育であったと知ったら、貴族達はどのような表情を顔に浮かべたであろうか?
 しかしそれらは知られる事もなく、ほのぼのとした雰囲気の中、次々と人が入り、また出て行っていく。
 やがて、列が終わろうとするとき、それは起こった。
「アリシア王妃に申し上げたき議、これありっ!」
 一人の男がアリシアの前に強引にまかり出てきた。
「無礼な、王の御前であるぞ!」
 すかさず警備兵に取り押さえられる男。
「よい、その男を放せ」
 軽く言い放つアリシア。
「はっ」
 不承不承、男を放す警備兵。
 すかさずアリシアの前につめよる男。
「なぜです、なぜなのです、アリシア王妃! われらはあなたの命令で反乱を計画したのです!! それなのに、今になって我らを切り捨てるとは、どういうおつもりなのです!!」
「どうもこうも、わらわはドレッド王ガリウスの王妃、そのような反乱などに関わるはずもなかろう」
 その言葉に、まなじりを決する男。
「それはどういうことなのですっ?! 我らのリーフシュタイン王に対する忠節と愛情を忘れられたと!」
「忘れてなどはいない。それゆえミレルには今だにリーフシュタインを名乗らせておる。……それにしても無粋な男よな。その無粋さ故に、わらわに切り捨てられたと、なぜ気づかぬ?」
「な、なにを……」
 思わず絶句する男。
「あの人の血は、今だにミレルの中に流れておる。それがドレッドの血と交わることで、リーフシュタインは復興し、ドレッド国がすべての国を凌駕することになぜ気づかぬ? 愚か者よのう……」
「なにを、笑止!」
 けらけらと笑う男。
「ミレル様は姫とはいえ、性別は男! 男と男が結婚して、はたして子供が生まれましょうか?」
「痴れ者めっ!!」
 裂帛の気合いで叫ぶアリシア。
「我が愛娘であるミレルを男だなどと、気でも狂ったか、この男! 遠慮はいらぬ、この場で刺し殺せ!! われに関する非難ならまだしも、我が愛娘に対する非難と中傷だけには我慢ならぬっ!!」
「はっ、言葉だけではいくらでも取り繕える。真実が知れたときのその顔、拝めぬのが残念じゃわ。ぐげっっ?!」
 警備兵に、背後から槍で刺し貫かれる男。
 そして、そのまま絶命した。
「愚かな……愚にもつかぬ妄想に囚われよって」
 吐き捨てるようにつぶやくアリシア。
「皆の者にも言っておく! 我が愛娘ミレルが男だなどと埒もないことを言う者には、神ではなく、この私が死の裁きを下そうぞ!!」
 怒り狂うアリシア、そんなアリシアにかかる声……
「アリシア義母さま、まあそう怒らずに。ミレルが女である証、しっかりと僕が頂いてますから」
 ぬけぬけと言い放つカイル。
「そんな埒もない噂、放っておけばいいんです」
「そうであったな。……それはいいが、あたりかまわずミレルを抱くのはやめよ。志気に関わってくる」
 渋い表情でそう言い放つアリシアに、頭をかいて苦笑するカイル。
「わかってはいるんですけどね。でも、ついついミレルの恥ずかしがる顔が嬉しくて。それに抱き心地も特上だし」
「まあ、わらわの娘じゃからの」
 すました顔でこたえるアリシア。
 そのやりとりに、周囲に見えない動揺が広がってゆく。
「まったく、未成年の娘に手をつけよって……」
「いいではないかアリシアよ。いずれにせよ、早いか、遅いかの違いでしかないわ。それに市井の中では取り立てて早いという訳ではあるまい?」
 ガリウスが取りなすように語りかける。
「まあ確かに、王族でも特殊な事例で3歳どうしで婚姻という例もありますけど……」
 それでも渋い顔を崩さないアリシア。
「でも……」
「まあよいでわないか、ヤッてしまったものを元に戻す訳にはいくまい?」
「でも……」
「まあいずれ、正式に婚儀を挙げさせればよい」
「でも……」
「そういえば、肝心のミレルがおらぬが、どうした?」
「ミレルなら、友達の家に遊びに行きましたわ」
 ため息混じりにつぶやくアリシア。
 その時、あわてて伝令がやって来た。
「大変です! ラフランドの密偵より至急の連絡です!」
「なに事です?!」
 裂帛の気合いで問うアリシア。
「ラフランドの王子と王女が、誰かに拐かされたそうですっ!」
「……ふむ?」
 その言葉を聞き、考え込むガリウス。
「まったく、今日は忙しい一日だこと」
 ため息まじりにアリシアは、そうつぶやいたのだった。


→進む

→戻る

王国の闇の中でのトップへ