最終回
数十日後、
暗闇の中にミレルはたたずんでいた。
目の前に転がるのは、裸の男女。
「くすっ、いかが、禁断のお味は?」
くす、くす、くす……
楽しげに笑うミレル。
「いいでしょう? 血の分けた兄妹でも、こんなにも気持ちよくなれるものなのよ。ううん、兄妹だからこそ味わえる快楽があるわ」
「ミレルさま」
「ミレルさまぁ」
ミレルにかしずく一対の男女。
「わたしに従っていれば、この快楽をこれからも与えてあげる。どお? いい取引でしょ? ラフランドをくれれば、いつまでもこの快楽を味わえるようにしてあげるわ」
支配者の瞳で、二人を見つめるミレル。
「もうあなたたちは、カーリアのしもべ。このわたし、ミレル・カーリア・リーフシュタインの下僕なのよ」
「あ、ありがとうございます、ミレルさま」
ラフランドの王子、レイルがひざまずき、頭を垂れる。
「ありがとうございます、ミレルさまぁ」
甘ったるい声を上げながら、ミレルの足下に絡みつく、シャリアンゼ王女。
「ふふっ、可愛い……」
二人の頭を撫でるミレル。
「ああっ!」「あはんっ!」
頭を撫でられただけでイッてしまう二人。
「……さてローザ、ラフランドに攻め入る為の策は出来て?」
「順調に」
ミレルに頭を垂れるローザ。
「そう、それはいいわ。にいさまにそれとなく伝えておいてね」
「わかりました」
うなずくと、ミレルの顔を見るローザ。
ローザの目の前に、邪神カーリアの紋章を、額に輝かせているミレルの姿があった。
「……まだ恐いの?」
「は、はい、まだ少し……」
「正直なのね、ふふっ」
ローザに宛然と微笑みかけるミレル。
邪神とはいえ、神である存在にプレッシャーを感じるローザ。
「心配しないで。あなたにはこのわたしの封印を解いてくれた恩義があるから。それににいさまと結びつけてくれたのはあなただったし、本当に感謝しているのよ」
暖かい笑みを浮かべるミレル。
「それにしても、女神ラティアも意地の悪い封印をかけてくれたわね。男に転生させる封印だなんて。確かに、男の身では、いかなる力も振るいようがないわ」
ミレルは肩をすくめた。
「あなたがわたしを女にしてくれなかったら、いまだに封印されたままだったでしょうね」
「はっ……」
ミレルの、カーリアの言葉に冷や汗を流すローザ。
「心配しないでローザ。いまさらかつての神々のいくさの二の舞なんてするつもりはないから」
瞳を閉じるミレル。
ラティア、
大好きだったあなた。
わたしに心で愛する歓びを教えてくれたあなた。
わたしを愛の力で倒してくれたあなた。
その為に、みずから滅びを選んだあなた。
あなたは不本意かもしれないけれど、
あなたの代わりに、わたしが人々の愛の女神になってあげる。
……ちょっぴし、邪な女神かもしれないけどね。
苦笑するミレル。
「さて、あとは任せたわよ、ローザ」
「はい」
今だに絶頂からさめやらない一対の男女をその場に捨て置いて、扉に向かって歩き始めるミレル。
「とうさまとかあさまは?」
「拷問の部屋で楽しんでおいでです」
「そう? かあさまもすっかり、縄と鞭の味を覚えてしまったようね。うふふ……」
楽しげに笑うミレル。
「最近では、『三角木馬』に跨るのが、大変気に入っておいでのようで……」
ニヤリと、邪悪な笑みを浮かべるローザ。
「ふふっ、それは何より。愛の女神としては、とうさまとかあさまの仲がいいのは嬉しいわね、うふふ……」
ミレルも邪悪な笑みを浮かべる。
「にいさまは?」
「いつもどおり、あの調教部屋で待っておられます」
「そ、そう?」
ミレルの額から邪神カーリアの紋章は消え、そのかわりに、肉奴隷の表情が浮かんでくる。
「またせたかな?」
「ええ」
「きゃん、にいさまにおしおきされちゃうぅー」
甘ったるい声を浮かべて飛び上がるミレル。
「あんっ、きっと、あんなことや、こんなことを……」
想像ではしたなく股間を濡らし、ミレルはスキップしながら立ち去っていく。
それを見送りながらローザは肩をすくめると、嫌みのないため息をついたのだった。
ドレッド帝国初代皇帝カイル <歴史,人物,重要>
その人となりは狡猾無比と言われているが、その功績を見るに、帝国を確実に運営し、その基礎を築いた功績は多大なものがある。当時、光の賢者といわれしミレディアを摂政に迎え入れ内政を安定させ、さらに特筆するべきはその妻であるミレル・リーフシュタインの献身的な補佐を受けることにより、皇帝カイルはその全精力を対外侵略に振り向けることができたということであろう。これは当時の常識からすれば異常なことである。諸侯との信頼関係に依存しない帝国という組織を作り上げたのが、信頼し合って結ばれた夫婦の絆であるというのは、まさしく歴史の皮肉以外の何物でもない。二人の恋愛については『ラスティニータ』などの代表的な歌劇があるが、それ以外にも……
皇后ミレル <歴史,人物,関連:ドレッド帝国初代皇帝カイル>
皇帝カイルの后として、帝国の伸張政策を支え続けてきた。その戦略眼と知識力、何より行動力によって幾多の国を調略し、帝国に数多くの勝利をもたらしたとされている。みずから愛の女神ラティアの代理と名乗り、各地に『愛の教会』を設立し、愛を教義とするラティア教を普及させる。また、邪神と呼ばれていたカーリアの遺失資料を数多く発掘し、いわゆるエロスの女神として、人々に認知させるなどの宗教上の功績は多大なものがある。現在普及している二つの女神の像は、この流れを汲んでいるものである。しかし、その年少期については確かな記載が少なく、どのようにして皇帝カイルと知り合ったのかなどの謎もまた多い。それゆえ、幾多の小説の題材に……
闇は光の中に消え、
そして残るは、光のみ。
かつての真実は葬り去られ、
残るのは、ただ、……事実のみ。
王国の闇の中で <<完>>
→あとがきを読む
→戻る
→王国の闇の中でのトップへ
|