ANOTHER CHAPTER   新舞動く



山口夏美は新宿にある「K2R」というディスコの前にいた。

彼女はそこで働く清水浩司と云う男に会うため、岡山からはるばるやって来たのだった。

清水浩司、それは夏美の彼氏の事だ。2年前、浩司は、夏美と結婚する資金を作ると言って東京に出て行った。しかし、その後音信が少しずつ無くなっていき、夏美は遂に彼に会うために自分も東京に出てきたのであった。

彼女は彼の住まいが何処かは知らなかったので、彼の職場であるディスコ「K2R」を訪れた。

しかし何度訪ねても、門前払いをくい、彼に会う事は出来ていなかった。

この日もそうなりそうな気配だった。

「あんたは入れるなって、清水さんにそう言われてんだ・・・。」

入り口の案内がそう応える。

「そこをなんとかな!清水と話がしたいんだ!!」

夏美は引き下がらない。

とそこへ、一人の男が現れた。

その男はディスコの入り口の案内にこう告げる。

「山田ってヤツ、いるだろう?『ニイマイが会いに来た』って伝えてくれ。」

夏美はハッとする。

(『ニイマイ』って・・・確か、あの事件の・・・あのもえみさんの彼氏の名前が確か『ニイマイ』だったはず・・・。)

夏美はその男の顔を見る。端正な顔立ちのすらっとスタイルの良い美男子だった。

(こいつが、『ニイマイ』!?)

夏美は様子を窺うことにした。

と、ディスコの扉が開き、別の男、たぶん山田と呼ばれた男が現れた。

「なんだ、アンタか。何か用か?」

山田と呼ばれた男は、『ニイマイ』を見るや、そう言う。

「わかるだろ。」

『ニイマイ』は山田の質問に、そう応える。

「ん?んーん・・・。」

山田は、一瞬何を言われたのかわからないような顔をする。

そしてしばらくしてから、やっと思い出したかのように『ニイマイ』に言う。

「ああ、ひょっとして・・・あの女の事?」

山田はもえみの身体に夢中になっていただけに、もえみに彼氏がいたことを、つまり彼女の彼氏であった新舞の存在を忘れかけていた。

「ありゃぁいい女だね。しっかり頂かせてもらったぜ。へへへ。」

もえみの身体の事を思い出したか、山田の顔が醜く歪んだ笑みになる。

(・・・こ・・この男がもえみさんを!!)

横で聞いていた夏美の頭に血が上る。女をモノのように扱うこの山田と云う男に怒りを覚える。ぶん殴ってやろうかと拳に力が入る。

その瞬間、夏美より先に新舞が動いていた。

新舞の拳が山田の頬に向けて炸裂する。

「!」

夏美の動きが止まる。

山田はその場に倒れ込む。

「な・・・何しゃーがんだ!!てめェ!!」

山田は起き上がりつつ悪態をつく。そこに新舞は更にパンチを入れる。

と、ディスコの扉が開き、数人の男たちが出てくる。

「何事ですか?!」

「あっ・・・山田さん、大丈夫っすか?」

「何だ、てめェは!!」

男たちは山田をかばい、新舞を睨む。

「てめェ、一寸面貸せや!!」

男たちは、新舞を外に連れ出す。

夏美はこれはかなりヤバい状況と感じとる。













天野あいは夏美に呼び出され、彼女と合流した。

新舞らしき男が複数の男たちに暴行を受けているという話だった。

「『ニイマイ』って言ったら、今度のゴタゴタの渦中の人じゃん!様子を見てたら、ある奴を呼び出してさ、いきなりぶん殴んだよ。」

夏美はあいに対し、走りながら目撃した状況を伝えていた。

「その後は、5・6人出てきて、しっちゃかめっちゃか!とにかくあんたに知らせた方がいいと思ってサ!!」

夏美とあいはディスコの側にある暗がりに向かっていた。

「ほら、あそこだ!」

夏美が指をさす。

そこには新舞がボロボロになり倒れていた。

その周囲には数人の男たちがいて、倒れている新舞の事を蹴っ飛ばしていた。

「何だァ!もう終わりか!」

「今頃になってから、あの女が恋しくなったか?」

「良かったぜ、最高の味がしたぜェ!!」

「おめえも、ヤリてェのか?!」

「待ってるヤツも多いんだがなァ!」

「ありャァ、すげえ淫乱だったぜ!!」

「こっちが突っ込んでやると、ヒイヒイ泣いて喜んだりしてなァ!」

男たちは口々に新舞を罵り、もえみを侮辱していた。

その言葉は夏美とあいに怒りを注いだ。

「やめろー!!やめろやめろ!!」

夏美は気が付いたら叫んでいた。

男たちが夏美とあいの方に振り返る。

「何だァ、このガキ?!」

男たちは新しい獲物に興味が移ってくる。

夏美とあいを値踏みするような視線で見ながら、二人の方に近づいてくる。

夏美が身構える。彼女は武道の達人だった。その構えに隙はない。

が、男たちは不良であってもケンカのプロではない。この少女が自分たちより強い存在ということは認識できていない。

「おねーちゃんたち、なーに?俺らとエッチしてくれんのォ?!」

不用意な男が、腰を振りつつ、夏美に近づいていく。周囲は苦笑している。

と、次の瞬間、夏美は動いた。目にも止まらぬ速さで近づいてきた男の腹に向け膝蹴りを食らわす。

「うぷ!!」

男は腹を抱えてうずくまってしまう。

「やろう!!」

他の男たちは、ここで夏美がケンカ慣れした、簡単に倒せない強さを持った少女だということに気付く。

男たちの拳が夏美に向かって繰り出される。

が、彼女はそれをスーっとよけ、代わりに自分の拳や蹴りを男たちに食らわしていく。

あいはその「蝶のように舞、蜂のように刺す」夏美の動きに感嘆する。

そして、その隙に倒れている新舞貴志の方に駆け寄っていく。新舞は気を失っているようだった。

「貴志くん!!」

あいは新舞の身体を起こしてやる。

新舞の意識が戻ってくる。あいと視線が合う。

「へ・・・もえみを襲ったヤツ・・・・・・見つけ出したぜ・・・。」

新舞が呟く。

あいは夏美が闘っている相手を見る。

男たちは夏美に倒され、苦悶に満ちた表情で地面にうずくまっていた。

残っているのは山田だけであった。

(この男が、もえみちゃんを!!)

あいの中にも怒りが湧いて来る。

「くそっ!この女メ!!」

山田は懐からナイフを取り出し、夏美に向かって構える

夏美の表情に緊張が走る。そして、それに伴い構え方が変わる。

山田は、夏美のその瞬間を待っていた。

山田は夏美の方に動かず、貴志を介抱しているあいに向かって動いた。

「しまった!」

夏美がそういった瞬間、あいは山田に羽交い絞めにされていた。そしてあいの顔にナイフを突きつけていた。

「くっ!はなせよ!!」

あいは山田の手の中で暴れるが、もともと身体機能が特別優れているわけではないあいの力では、山田の手から逃れることは出来なかった。

「へっへへ・・・。おねーちゃん、動くんじゃねえぞ。動いたら、こいつの顔にこれを突き立ててやるからな。」

山田が言う。

「クッ!!」

夏美は動きを止めるしかない。

夏美に倒された男たちが、痛みに耐えつつも起き上がってくる。

「この・・・あまァ!!」

「洒落たマネしくさって・・・・!!」

「今度は、俺らが可愛がってやる・・・!」

男たちは夏美の事を罵りながら、何もできない彼女を囲んでいく。

「だめェ!!夏美ちゃん、逃げろ!!」

あいが山田の手の中で暴れながら叫ぶ。

しかし、そんなあいを一人置いて逃げる様なことは、夏美にはできない。

「よくもやってくれたよな・・・。」

「代わりに、その腐れマンコに突っ込んでやるからな・・・。」

「ヒイヒイ言わせてやるぞ・・・。」

夏美やあいにとって屈辱的な卑猥な言葉を口にし、男たちは抵抗できない夏美に近づく。そして男の一人が夏美のみぞうちに、拳を叩きこむ。

「うぐっ!!」

その苦しさに夏美は腹を抱えて、倒れ込む。

「夏美ちゃん!!」

あいが叫ぶ。

「何だ?もう終わりか?」

男たちは倒れた夏美に蹴りを入れる。

「うげっ!!」

夏美は痛さにただただ耐えるしかなかった。

「よーし!そいつの服を脱がせ!!楽しませてもらおうぜ!!」

あいを羽交い絞めにしている山田が言う。

「やめろ!やめろやめろ!!」

あいが再び山田の手の中で暴れ狂う。

が、山田の力にはかなわない。

「おっと、暴れんなよ。あの娘の後に、おめェも楽しませてやるからよ!」

山田が言う。







と、その時。

「おめーら!!何やってんだ!!」

迫力のある声がその場に響き渡る。

男たちがその声にひるむ。

「し・・・・清水さん・・・!!」

夏美のスパッツを脱がそうとしていた男が慌てるように彼女から離れ、呟く。

山田も気をそがれた様な顔をしている。

「清水さん・・・・こ・・これは・・・。」

山田があいを放す。

「お前か、山田!!」

清水と云われた男が、山田の方を見る。

山田はその鋭い視線に、恐縮してしまう。

「これはどういうことだ?!山田!!」

あいは倒れている夏美に介抱しようと近づく。

しかし、夏美はその清水と呼ばれた男に釘付けになっていた。

「こ・・・・コージ??」

夏美がその男に向かって呟く。

清水と呼ばれた男が、改めて夏美とあいの方を見る。

「なつみ・・・・・・夏美か!!」

清水の顔に驚愕した色が現れる。













数日後。

新舞はあいと話をしていた。場所は例の公園横の丘の上であった。

「全然関係ないんだったら、どうして責任をかぶったんだよ。」

あいが新舞に訊ねる。

あいにとっては、新舞が洋太やもえみに対し、あの嵐の日の事件に関わっていたように誤解されたままにしておくことが不可解であった。

「いや、直接でないかもしれないけど、やっぱり原因はオレにあるんだ・・・。」

新舞は話し始める。

もともと、新舞のバンド仲間の男Kが、山田というヤツに借金をしていたことが始まりだった。山田は、当時新舞の彼女であったもえみを、新舞のバンドを見た際に見つけ、それからずっと彼女をどうにかしたいと狙っていたようだった。

そして、新舞のバンド仲間Kを脅し、彼女をどうかさせることが出来るなら、借金をチャラにすると持ちかけたようだった。

新舞はバンドの仲間達に、もえみの事を「あんな女どうでもいいんだ」と漏らしていたこともあり、Kは山田の話にのることにしてしまったらしい。

「オレが、もっともえみを大事にし、バンド仲間にもそんなことを言わなければ、あの事件はなかったんだ・・・。」

新舞が話す。

「あの後、清水さん、オレの所に謝りに来たんだ・・・。」

清水浩司は、あのディスコに働く若い者たちをしきる立場にいたらしかった。あの後、山田が所有していた、もえみの写真とネガを全部回収し、それを持って新舞の所に来たらしい。新舞はその写真を見たが、数枚見ただけで気分が悪くなるような、悲惨な写真だった。もえみはそれをネタに山田から更に脅されていたようであった。

清水は新舞の目の前でそれを全て焼きつくし、自分の監督不行き届きであったと、ひたすら頭を下げていたようだった。

そして、もえみの事をどれだけ傷つけたかを心配し、そして去って行ったそうだ。

「バンドは解散、彼女と別れて、親友も失う・・・・さんざんだナ。だけど全部オレの責任なんだからしょうがないよナ・・・。」

新舞が言う。

「で、これからどうすんだ?誤解は解かなくていいのか?」

あいが聞く。

「オレ、今岡山に行こうかと思ってる・・・。」

ぽつりと新舞が言う。

「えっ!!」

あいが驚いた顔で新舞を見る。

「清水さん。ディスコで専属のダンサーをしていたんだけど、あの喧嘩の一件があった時、ディスコ側と何かがこじれることが起こり、辞めることになったらしいんだ。」

あいも新舞も知らない事であったが、清水浩司がディスコの専属ダンサーを辞めたのは、山田の不祥事の責任を取ってということではなかった。それより、夏美の出現が問題であった。

清水浩司はディスコの支配人の娘に囲われた存在であり、その娘が夏美の存在を知ったことから、そして清水浩司の気持ちが夏美にあることを知ってしまったことから、あのディスコにいられなくなったのである。

「で、音楽活動をするのなら一緒に岡山まで来ないかと、誘われているんだ。でも、オレはまだ学生だし、決めかけているんだが・・・。ただそういった生き方もいいかなと・・・。」

「そうか・・・。」

清水浩司と山口夏美はすでに岡山に帰っていた。

新舞貴志も新たな生き方を模索していた。

あいは、自分がどうして行ったらいいのか、限られた再生時間に何をすべきなのか、まだよくわかっていなかった。













続く













◎    登場人物紹介





〇 清水浩司(しみず こうじ)



山口夏美の恋人。岡山出身。心臓に病気を持つ夏美の治療代を作りたいと、1人東京に上京。新宿のディスコで専属ダンサーとして働く。その才能は確かなものらしく、さる音楽会社と専属契約をするところまで来ている。ディスコの若い者たちのとりまとめもしていた。


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