ANOTHER EPILOGUE 愛・あい・哀
2月3日。
その日、天野あいは新東京国際空港にいた。
この日は、弄内洋太と早川もえみが、ヨーロッパに旅立つ日であった。
あいは、洋太ともえみが結ばれたあの日から、あいにとっては過去の記憶を思い出したあの日から、二人には会っていない。
いや、正確に云うと、会っていないだけであり、あいは常に気付かれないように二人の側にいて、二人の行く末を見守っていた。
そして、今日2月3日。
あいは、洋太ともえみの新しい門出を見届けるために、空港までやってきていたのである。
あいは周囲を見回す。少し離れた航空会社のカウンターに洋太ともえみの姿を見出す。
出発の手続きを二人で仲良くしているのが見える。
あいは、胸が苦しくなってくるのを感じていた。
洋太ともえみが結ばれたあの日、あいの中に過去の記憶が戻ってきた。それは、あいが想像していた以上に、洋太と深く心が結ばれた大切な時間の記憶であった。
そして、あいが記憶を無くしている間に、洋太はもえみと結ばれてしまったことを改めて知ってしまう。しかし、もともとあいは、もえみに失恋した洋太をなぐさめるために再生されたビデオガールであり、この二人が結ばれるのはあいの再生目的にも合致したものでもあった。
だから、あいは洋太ともえみの下から去った。洋太と強い絆で結ばれた記憶が戻った今、洋太の側にいることは、今の洋太ともえみの仲を引き裂いてしまうことが目に見えていたからだ。
そして、あいは自分の洋太への気持ちを抑えつつ、洋太ともえみが上手くいくように、見守り続けてきた。しかしその一方、仲の良い二人を見るだけであいの胸は張り裂けそうになっていき、あいを苦しめ続けてもいた。
今もそうである。
カウンター前で仲良く話をしている二人を見るだけで、心が苦しかった。
(でも・・・、それも今日が最後・・・。)
あいは思う。
二人が外国に行ってしまえば、もう会える機会もなくなる。それに、あい自身の再生時間ももう終了しようとしていた。
(ヨータ、もえみちゃん・・・。しあわせにな・・・。)
あいは、出国手続きに向かう二人を見送りながら、空港の出発ロビーから去ろうとする。
知らないうちに涙が出てきていた。
(ああ・・・・・。ヨータ、もえみちゃん・・・・・さようなら・・・。)
あいは涙をぬぐいながら、歩き出す。
(?)
あいは、すれ違ったフードをかぶった男に、何か妙な違和感を感じとる。
(誰!?)
ちらっと見えた横顔が誰なのか、記憶を探っていく。
何処かで見た顔だった。
あいは気付くとその不審な男の後を追っていた。
前を歩くその男は、ジャンパーのポケットに何かをしのばせているように感じる。
(あ・・・もしや!?)
あいは、そのポケットの中身がナイフだと直感する。何故わかったのかは、あいにもよくわからない。ビデオガールとしての力なのかもしれない。
「おい!・・・ちょっと待て!!」
あいは、そのフードの男に声をかける。
フードの男が一瞬振り返る。
(!!)
あいは絶句する。
(あの男!!もえみちゃんを襲ったあの男!!なんで・・・何でここにいるの!?)
山田であった。
身体はやせこけ、髪もぼさぼさ、無精ひげもはえ、人相が変っていたが、確かに山田であった。そのかわり果てた姿の中で、目だけが異様にぎらついていた。
あいの中を戦慄が走り抜ける。
山田の方は、あいの事を忘れてしまっている様で、すぐ背を向け、速足で去ろうとする。
その方向には、洋太ともえみが向かった出国カウンターがある。
(あ!!)
あいは気付く。山田がここに現れた目的は、もえみだということに。
あいはあわてて山田の後を追いかける。
(へへへ・・・・やっと見つけたぜ・・・!!)
山田は遠目にもえみの姿を見出す。
(オレは、お前のせいでとんでもない目に合っているんだぜ。今日こそ、そのお礼をさせてやる。お前の、その身体にナ!!)
山田は、ニヤリと笑う。
そして、ポケットの中のナイフを握り直す。
山田は、新舞貴志がディスコ「K2R」に現れた日、あの日から転落するような日々をおくってきた。
そう、もえみの身体が素晴らしかった分、山田はそんないい女を彼女にしていた新舞が憎らしいと感じていた。新舞に殴られた恨みもあり、その彼を執拗にボコボコにしてしまいたかった。しかしその行動がまずかった。
ケンカの場面を、清水浩司に見つかり、その事がきっかけとなり事件が発覚してしまった。
強姦罪は親告罪だから、もえみが訴えない限り、警察に捕まることはない。あわせて、彼を雇っていたディスコ側も、公にしたくなかったようで、山田が警察に行く事はなかった。しかし、写真は全て奪われ、ディスコも当然のようにクビになった。
それでも、山田は別に気にしていなかった。「K2R」をクビになっても、他に職を見つければ良いと考えていた。しかし、そこが甘かった。
「K2R」のオーナーには娘がおり、この業界の中ではなかなか幅をきかせていた。その娘もかなり悪どいマネをしている女ではあったが、その彼女もやはり女性であり「強姦」という悪事には厳しかった。
山田が性犯罪者だということを、彼の行く先々に先回りをして噂を流した。
結果、山田は職に就くことが出来なかった。
もともと貯金など出来る男ではなかった山田は、あっという間に金に困り、生きていくのがやっとの生活に追い込まれていた。
そして、その憎しみはもえみに向いていた。
もえみの身体の具合が素晴らしかったため、そしてそれに溺れてしまったために、こんな事になってしまったと考えていた。
(へへへ・・・!もう一度おまえのあそこを気持ち良くさせてやるぜ!今度はオレのモノではなくこのナイフでだがナ!!)
山田は少しおかしくなり始めていた。
(そうさ、そうさ!お前の締め付けの良いあそこにこれをぶっさして、ヒイヒイ言わせてやる!・・・そして、えぐりとって、真っ赤な洞穴にしてやる!・・・そうだ!揉み甲斐のあるお前の乳房も一緒に切り落として添えてやったら、気持ちいいだろうな・・・。フフフ)
「ハハハハハ!!!」
山田はいつしか殺人淫楽に憑りつかれていた。心中の声もいつしか大きな笑い声に変り、ナイフを取り出しもえみに向かって走り出していた。
「待てーーー!!!」
あいが山田に追い付く。
そのまま山田にタックルをかける。
山田はその場でひっくり返る。手にはナイフを持っている。
「誰だ!馬鹿!放しやがれ!!」
山田はナイフを振り回しつつ、しがみついているあいの身体を引き離そうとする。
あいもナイフを巧みによけつつ、それでも山田の身体を離さない。
「きゃあーーーーーーー!!」
絹を裂くような女性の悲鳴が上がる。
周囲の人間が、倒れて組み合っている山田とあいとの様子を見、そしてその山田の手にナイフがあることを見て悲鳴を上げたのであった。
女性の悲鳴に、周囲の人間が気付く。
その瞬間。
ズブ・・・・
鈍い音がする。
あいの腹部にナイフが刺さっていた。
「え・・・・・・」
その事実に刺されたあい自身が驚く。
刺された部分から、赤い血が流れ出す。その途端、あいは体に力を入れることが出来なくなりそのまま、床に倒れていく。
「きゃあぁぁぁぁーーーーーーーーー!」
再び悲鳴が上がる。
周囲の男たちが、逃げようとする山田を取り押さえる。
「早く、誰か救急車を呼べ!それから空港警察も!!」
誰かが叫ぶ。
「こ・・・この野郎・・・放しやがれ!!」
山田が呻く。
「く・くそー。待ちやがれ!・・・・絶対やってやる!・・・また・・・おまえのあそこにオレのモノを入れ、ヒイヒイ言わせってやるんだ!・・・・くそー・・放せってんだよ!!」
山田は卑猥な言葉を、遠くに去りゆくもえみの姿に向け、まるで呪詛でもかけるよう言い放つ。
「おい、いいかげんにしろ!暴れんじゃねえ!!」
山田を取り押さえている男たちが言う。
山田が無事取り押さえられると、周囲の興味は血を流し倒れているあいに集まってくる。
「おい、大丈夫か!!君!!」
一人が、あいを抱き起す。
「しっかりしろ!今、救急車がくる!!」
周囲の人があいを励ます。
あいは出発ロビーを見回す。そして、自分の周りに集まってきている人たちの顔を見る。その中に、洋太やもえみの顔はなかった。
「ああ・・・・・よかった・・・・・・・・。」
洋太やもえみに被害がなかったことにあいは安心する。あわせて、こんな姿を洋太ともえみに見られなかったことに安堵する。
とその瞬間、あいの身体が光りを放ち始める。
「?!」
周囲に集まった人たちが驚きで息をのむ。
あいの身体は金色に光っていく。そしてだんだん身体全体から光の粒子が現れてくる。
それに合わせるように、あいの身体が透明になっていく。
まるで、あいの身体が光の粒子に変化して行くかのようであった。
「お・・・・おい・・・?」
あいを助け起こした男がそのあいの変調に驚き絶句する。
「・・・そうか・・・もう再生時間が・・・・終わるのか・・・・。」
あいが息も絶え絶えそう云いながら、微笑む。
それは天使のような美しい笑みであった。
(ヨータ、もえみちゃん・・・いつまでも仲良くな・・・・・・。)
あいの身体はどんどん希薄化していく。そして、光の粒子が柱のように宙空に向け立ち登っていく。
「ああ・・・。」
周囲の人が注目する中、あいは光の粒子になり空中に消えていった。
「どうしたの?もえみちゃん。」
洋太がもえみに振り返る。
「ほら、あそこ見て、人が集まっているところ?何かあったのかしら?」
もえみは出発ロビーの入り口の人だかりを見ていた。
洋太もそちらを見る。
と、その人だかりの中心から光の粒子が立ち登ってくる。
「あ・・・。」
もえみはその美しさに目をみはる。
「綺麗・・・・・。」
光の粒子が空中に立ち登り、一回宙の上に止まる。それは、まるで光の粒子が洋太ともえみを見つめているかのように、もえみはそんな気がした。
そしてその光は、暖かく二人の門出を祝ってくれるようにも、もえみには感じられた。そして、実にしたら数秒の出来事だったかもしれないが、その後、光の粒子は四散し、消えて行った。
「見た?弄内くん!!あれ、何だったのかな?」
もえみが洋太に聞く。
「・・・・・・。」
洋太は光の粒子があった宙空を見つめたまま固まっていた。
「弄内くん?」
もえみが心配そうに聞く。
「・・・あっ・・・ごめん。何か懐かしいような、暖かい何かを感じたんだけれど・・・。」
「弄内くんも?」
その光の粒子に、もえみも洋太と同じような印象を持ったようだった。
「あそこに戻ってみる?」
もえみが聞く。
「・・・・。いや、もうすぐ出発の時間だし、やめておこう・・・。」
「うん・・・。じゃあ、行こうか。」
洋太ともえみは、そうして出発ゲートに向かっていった。
新しい二人の生活が始まる、新天地へ旅立っていったのである。
END
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